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今でこそ世界で確固たる地位を築いている日本車だが、暗黒のオイルショックで牙を抜かれた1970年代、それを克服し高性能化が顕著になりイケイケ状態だった1980年代、バブル崩壊により1989年を頂点に凋落の兆しを見せた1990年代など波乱万丈の変遷をたどった。高性能や豪華さで魅了したクルマ、デザインで賛否分かれたクルマ、時代を先取りして成功したクルマ、逆にそれが仇となったクルマなどなどいろいろ。本連載は昭和40年代に生まれたオジサンによる日本車回顧録。連載第88回目に取り上げるのは1992年にデビューした2代目日産マーチだ。

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初代はマッチのマーチ

かつて日本にはリッターカーというジャンルが存在。1977年にデビューした初代ダイハツシャレードが排気量1Lのエンジンを搭載していたことで名付けられた。軽自動車と同じで、欧州にもアメリカにも存在しない日本独自の呼び名だ。日本のリッターカーは欧州ではAセグメントカーとなる。

各メーカーも初代シャレードのヒットに続けと続々参入したが、日産がリッターカー市場に初めて参入したのは1982年デビューの初代マーチ。ほかのメーカーよりも後発だ。

この初代マーチはマッチこと近藤真彦氏をキャラクターに起用し、そのキャッチコピーの『マッチのマーチ』として有名だ。東京オートサロン2026では、近藤氏が40年の時を経て自ら入手した初代マーチを日産自動車大学校の生徒が完全レストアして話題になった。

トップアイドルの近藤真彦氏をキャラクターに抜擢し『マッチのマーチ』が大ブレーク

初代、2代目とも約10年販売

初代マーチは直線基調のシンプルながら飽きのこないデザインで人気モデルとなったが、そのデザインを手がけたのはイタリア工業デザイン界の巨匠のひとり、ジョルジョット・ジウジアーロ氏だった。

初代マーチのライバルはトヨタスターレット、ホンダシティ、スバルジャスティ、スズキカルタス、ダイハツシャレードなどたくさんあったが、ライバルがほぼ4~6年のサイクルでフルモデルチェンジしたのに対し、約10年(正確には9年3カ月)というロングセラーモデルとなった。今回紹介する2代目マーチは1992年に登場している。ちなみに2代目マーチは1992~2002年まで販売されたので、初代同様にロングセラーモデルとなった。

2代目マーチには愛玩動物のようなかわいさがある

当時では珍しかったダウンサイジング

2代目マーチは初代同様に3ドアと3ドアをラインナップ。現在日本で販売されているコンパクトハッチバックで3ドアモデルは存在しない。トヨタのヤリスも欧州では3ドアを販売しているが日本は5ドアのみ。リアシートの乗降性が悪いので売れないという理由なのだが、2代目マーチがデビューした当時は価格の安さもあり3ドアモデルのラインナップは当たり前で人気も高かった。

リアビューは派手さはないが見る者に安心感を与えるナイスなデザイン

2代目マーチのボディサイズは3ドア、5ドアとも全長3695×全幅1585×全高1425mm。初代が全長4735×全幅1585×全高1395㎜だったので、全長は45㎜短くなっている。フルモデルチェンジのたびに多くなる傾向にあるなか、ダウンサイジングは珍しい。特に2代目マーチはバブル期に開発されたクルマで、その時期のクルマはより豪華に見せるためサイズアップさせるというのが常套手段だったことを考えると異例と言えるだろう。

ブルーのボディカラーがポップな感じでいい
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市原 信幸
市原 信幸

市原 信幸

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