2種類の新開発エンジン
2代目マーチのエンジンは1L(997cc)と1.3L(1274cc)の直4DOHCの2タイプ。初代は1Lエンジンのみだったが、1.3Lが追加された。1Lエンジン(CG10DE型)、1.3Lエンジン(CG13DE型)ともに完全な新開発。1Lが58ps/8.1kgm、1.3Lが79ps/10.9kgmと特に特筆すべき点はなかったが、ともに街中で多用する中低速のトルクを重視した実用に徹した使いやすいエンジンだった。
デビュー時のトランスミッションは、1Lが5MTと4AT、1.3ℓがCVTという組み合わせ。1.3Lの専用だったCVTは後に拡大採用されるが、これは当時資本提携にあった富士重工(現スバル)から供給されたもので日産車としては初のCVT搭載だ。しかし、ABSとの連動、ミッション側の回転慣性の低減、ECCS(エンジンコントロール)との総合制御など、富士重工のCVTにはない日産独自の技術をプラス。これはN・CVTと命名された。しかし、初期のN・CVTは滑りが大きく出来としてはイマイチだったというネガティブな印象が強い。
ツボを押さえた走り
2代目マーチは見た目のかわいさ、デザイン、素材にこだわったインテリア、パッケージングの追求、使いやすい操作系、実用に徹したエンジンということから、走りのイメージはないと思う。
しかし、2代目マーチもR32型GT-R、フェアレディZ、初代プリメーラなどと同様に『901運動』によって誕生した一台だ。ワンメイクレースのマーチカップが開催されていたことからもその潜在能力の高さはうかがえるが、と言って2代目マーチはシャープなハンドリングで、旋回スピードが高く、ハンドリングがメチャ楽しいと言ったクルマではない。でも求める方向性が違うだけで、ベーシックコンパクトとして走る・曲がる・止まるという基本性能をしっかり押さえていた。
2代目マーチはかわいいデザインが受け入れられたこと、基本性能がしっかりしていたため販売も好調に推移。バブル崩壊後に多額の負債を抱えることになった日産の屋台骨を支えた一台。車両価格が安く利幅の狭いコンパクトカーは、売れて当然、売れなければ一大事なのだ。初代お同じクラスながら大きくコンセプトチェンジしながらもしっかり結果を残したのは素晴らしい。実は1980年代以降の日産は、2代続けてヒットしたクルマが他メーカーに比べて極端に少ない。マーチは3代目もヒットしたため、日産唯一の3代連続ヒットモデルということになる。
個性派がズラリ!!
2代目マーチと言えばボディバリエーションの豊富さも特筆だ。日本で販売されていないので知名度は低いが、1994年に台湾市場向けに4ドアセダンを追加。5ドアをベースに3BOX化してトランクをつけたデザインはお世辞にもカッコいいとは言えないが、当時のアジア系ではコンパクトセダンは必須だったためマーチに白羽の矢が立ったのだ。
続いてはカブリオレで1997年に追加。Z32型のフェアレディZコンバーチブルでさえ手動のソフトトップだったのに、マーチカブリオレは電動ソフトトップを採用。安全性とボディ剛性の確保のためロールバーが装着されていた。4人が乗れて、電動ソフトトップ、イージードライブが可能なCVTという組み合わせで約180万円という低価格だったが人気はイマイチで、約1年という短命に終わった。
凡人には理解不能だったカラーリングセンスの赤黒のツートーンカラーのジュークを1997年に登場させた。個性的ではあったが、お世辞にもカッコいいと思えるものではなかった。このジュークの名前は超個性的なSUVに受け継がれることになる。
さらには、コンパクトワゴンともいうべきなのがマーチBOXで1999年に追加。前述の台湾向けセダン同様に5ドアをベースにオーバーハングを延長してステーションワゴンボディのように仕立てたモデルだ。このマーチBOX、マーチカブリオレとも日産のパイクカーを手掛けた高田工業が生産を担当した。






