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7年前に71歳で亡くなった安西水丸さんの肩書きはイラストレーターということになるが、その仕事は、イラストレーションに留まらず、小説、漫画からエッセイ、絵本、翻訳などジャンルを超えて活躍していた。また、作品は、唯一無二、誰にも真似できない個性が際立っていた。まさに多才にして異才のクリエーターだった水丸さん。その幼少期から晩年までの足跡を、作品と関連資料を通して紹介する展覧会が、今、世田谷文学館で開催されている。面白いことを徹底的に追求した才人の展覧会ゆえ、その展示は遊び心あふれ、楽しくてユニーク。見ていてワクワクが止まりません。これを見逃したら損ですよ。

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テーマパークのような楽しい展示 原画など600点以上

世田谷文学館2階の展覧会場には、水丸さんが描いた原画と関連資料を合わせて600点以上が展示されているが、その展示の仕方がテーマパークのように楽しい
会場のあちこちに、水丸さんが描いたイラストレーションを巨大化したモチーフが飾られており、ふと目を上げると、水丸さんが描いた村上春樹さんの大きな横顔が覗いたりする。また、鎌倉のアトリエの一室が再現された和室には、障子の向こうに水丸さんの影が映っている。

壁の上ににょっきり顔を出した村上春樹さんの横顔
Photo by Satoshi Nagare

掛け軸、屏風や陶器が展示された和室。障子の向こうに葉巻を持った水丸さんが
Photo by Satoshi Nagare

階段の手すりに設置された童話『がたんごとん がたんごとん』の機関車とそれに乗った水丸さんのモチーフ

他にも様々な覗き穴や顔はめスポットなど、楽しさ溢れる水丸さんの作品を、より楽しんでもらおうという工夫がなされている。

展示されたイラストレーション横の覗き穴には、そのモチーフとなった酒瓶、マッチ、灰皿とクルミが


壁に穿たれた穴から展示室を覗く


水丸さんが描いたたくさんの顔の間に顔はめスポットが
Photo by Satoshi Nagare

小説家でもあり、翻訳家でもある多才

今回の展示で改めて驚かされるのは、水丸さんの多才ぶりだ。

まず、イラストレーターとしての仕事は、本の装丁・装画、雑誌の表紙から、広告、レコードジャケット、商品のパッケージ、様々なグッズのデザインなど、さまざまなジャンルに及ぶ

村上春樹著『中国行きスロウ・ボート』の装丁(中央公論社/1983年)


左下に並ぶのは、水丸さんがラベルを描いた酒瓶

活躍の場は、絵描きとしての仕事だけに留まらず、絵と物語を融合させた絵本、漫画へと領域を広げ、旅行記などのエッセイや小説の執筆、海外文学の翻訳など物書きとしても個性的な仕事を残している。

水丸さんが手がけた絵本のコーナー。壁の上からピッキーとポッキーが飛び出す
Photo by Satoshi Nagare

雑誌「ガロ」に掲載された伝説の漫画『青の時代』の原画
Photo by Satoshi Nagare

カバーの原画と共に展示されている小説家としてのデビュー作『アマリリス』や吉川英治文学新人賞の候補となった『70パーセントの青空』など、上梓した小説は10作を超える

2020年末に新たに発見された小説『アマリリス』(新潮社)のカバー原画も展示されている

読む者の五感に響いてくる描写力と独特のエロティシズムは、日本の作家のなかでは際立った個性であり、小説家・安西水丸はもっと評価されてもいいのではないだろうか。

翻訳者としても、水丸さんは二つの作品を遺している

ヘミングウェイら多くの著名人に愛された、ベネチアにある伝説のバーの創業者の息子が書いた回想記にして飲食業の教科書と言われる名著『ハリーズ・バー』の翻訳者は水丸さんだ。

自ら惚れ込んで、トルーマン・カポーティの幻の処女作『真夏の航海』の翻訳も手がけている。

「雪舟と水丸の真似はできない」 嵐山光三郎、村上春樹、和田誠との交流で生まれた作品

水丸さんは、ベストセラー作家の作品から全集まで多くの書籍の装丁、装画を手がけているが、特に関係の深かった嵐山光三郎さん、村上春樹さん、和田誠さん(1936~2019年)との交流のなかで生まれた作品は、特別にコーナーを設けて紹介されている

村上さんとは共著も多く、水丸さんといえばハルキさんを思い浮かべる人も多いだろう。

村上春樹さんとの共著『象工場のハッピーエンド』より
illustrated by Mizumaru Anzai @ Masumi Kishida

嵐山さんは、出版社勤務時代の同僚にして長年の盟友、水丸さんが漫画を描くきっかけを作った人だ

嵐山光三郎さんとの共著『ピッキーとポッキー』より
illustrated by Mizumaru Anzai @ Masumi Kishida

和田さんは、水丸さんより6歳年長で、高校時代からの憧れのイラストレーターであり、水丸さんが亡くなる直前まで共作による展覧会を催していた。

口の悪い嵐山さんが、水丸さんを評してこう言ったことがある。

「雪舟と水丸の絵は誰にも真似できない。雪舟はうますぎて真似できない。水丸はヘタすぎて真似できない」

水丸さんは、よくこのエピソードを持ち出して笑いのネタにしていたが、「イラストレーションはうまい絵ではなく、その人にしか描けない絵である」ことにこだわっていた水丸さんにとっては、嵐山さんの言葉は最大級の褒め言葉だったのではないだろうか。

和田誠が語ったすごさ「あの線は真似が難しい」

和田さんにも、水丸さんの個性を評したエピソードがある。

小説誌に在籍していた頃、椎名誠さんの『新宿遊牧民』という作品を担当していた。挿絵は、ベテランのイラストレーター・山下勇三さん。

連載が折り返し地点を迎えた頃、山下さんが急逝された。締め切りまで間もないなか、挿絵をどうするか。ふと思いついたことあった。山下さんとデザイン会社で同僚だった和田誠さんは人の絵を真似るのがうまい。連載の残りを、和田さんに山下さんの絵のタッチを真似て描いてもらえないだろうか。

あまりに失礼なお願いだが、背に腹は代えられず、平身低頭しながらお願いすると、「山下は親友だからね」と快諾してくれた。

連載前半は山下さんの、後半は見事に山下さんのタッチを真似た和田さんの挿絵は、単行本『新宿遊牧民』にも収録されている。

この連載の終了時、原稿を受け取りにいったときに、和田さんがふと、つぶやいた。

「今回はなんとかなったけど、これが水丸の絵だったら無理だったかな。水丸の線はまったくよどみがないんだよ。あの線は真似が難しい」

下書きをせず、描き直しもしなかった水丸さん。絵真似の天才であった和田さんゆえに、一見シンプルに見える水丸さんの絵のすごさに気づいていたのだろう。

展示会場を埋める数百点の絵のどの1枚をとっても、「あ、水丸さんの絵だ」とわかる。その1枚1枚に、人の評価に左右されず、自分にしか描けない絵にこだわった、水丸さんのしなやかな強靭さを感じ、個性とは、生まれついて与えられた才ではなく、自分らしくあろうとする意志の力なのだと教えられた気がした。

この展覧会では、作品資料だけでなく、水丸さんの幼少期の絵や資料、特別展示「たびたびの旅」コーナーでは旅先で集めた玩具などのコレクション、旅先での愛用品が展示され、作品を生み出した水丸さんの人となりを感じることができる。

旅エッセイの挿絵
illustrated by Mizumaru Anzai @ Masumi Kishida

水丸さんが愛用していたLEEのジージャンとカーキのパンツ。
Photo by Satoshi Nagare

旅先での愛用品
Photo by Satoshi Nagare

水丸さんが集めた古今東西の玩具や陶器、絵葉書や地図、そしてスノードームなどなど。コレクションは決して高価なものではなく、「なんかこれ、いいなあ」と手に取った水丸さんの温かさが伝わってきてうれしくなる。

水丸さんは日本各地の民芸玩具を愛でていた
Photo by Masataka Nakano

コロナ禍の憂さを晴らしてくれる楽しい展覧会も会期はあともう少し。オススメです。お見逃しなく!

■イラストレーター 安西水丸展
[期間]4月24日(土)〜9月20日(月・祝) ※混雑時は入場制限
[会場] 世田谷文学館 2階展示室 https://www.setabun.or.jp/ 東京都世田谷区南烏山1−10—10 TEL 03(5374)9111
[開館時間]10:00〜18:00(入場、ミュージアムショップの営業は17:30まで)
[料金]一般900円 65歳以上・大学・高校生600円 小・中学生300円 障がい者手帳をお持ちの方400円
[休館日]毎週月曜日(9月20日は開館)
[アクセス]京王線:「芦花公園」駅南口より徒歩5分
      小田急線:「千歳船橋」駅より京王バス(千歳烏山駅行)利用、「芦花恒春園」下車徒歩5分

文/おとなの週末編集部

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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