第1章 絶命するまで啖(くら)いつづけた男たち
肥満が何だ、栄養がどうした。
美味なるものを死ぬほど食べる。
これが生きることの悦楽の極致。
古今東西の食の殉教者たちの
垂涎のものがたり。
(5)世界最大の胃袋の持ち主はロシア人
当時のロシアではフランス文化がもてはやされていた。当時料理もフランス仕込みだったが、そのボリュームだけはロシア流が守られた。
♣涙の塩味でパンを食した人間でなければ人生の味はわからない――ゲーテ――
食の道の研究家によっては、世界一の胃袋の主はロシア人だという。彼らはツマ先までスープを入れることができるそうな。大食のピンのほうでは皇帝アレクサンドル2世がとくに有名。
皇帝の人物の大きさを物語るエピソードがある。未開の後進国から国王がきて、2人はテーブルについていた。その国王はテーブルマナーなぞ意に介さず、いや、てんで知らなかった。
食後に指を洗うためのフィンガーボールが出てきた。
すると後進国の王様はそれを済ました顔でグイッと飲んでしまった。給仕がクスッと笑いかけると、皇帝はそちらをぐっと睨みつけてから、同じように自分の前のフィンガーボールに手をかけて一気に飲み干した。いい話である。
皇帝は人物も大きかったが胃袋も特大だった。ある夕食。皇帝1人で召し上がったメニューが残っている。
キャビア スブク(バケツ)1杯
ワイン16本
野うさぎ 2羽
羊の丸焼き 1頭
野禽(野鳥)の挽肉シチュー 大鍋1杯
衣つき去勢鶏 2羽
そしてデザートにリンゴの甘煮を5個とウオッカを3本。