第1章 絶命するまで啖(くら)いつづけた男たち
肥満が何だ、栄養がどうした。
美味なるものを死ぬほど食べる。
これが生きることの悦楽の極致。
古今東西の食の殉教者たちの
垂涎のものがたり。
(4)ヴィルロワの見事な食欲
満腹はオーガズム。そうはいっても度を過ごしたオーガズムは人々の失笑を買うばかり。
国王のルイ14世が大変な美食家で、しかも大食、そして政略家で好色漢だったから、当時の臣下や国民に相当なジンブツがいても不思議はない。
たとえばフランスの宰相として絶大な権力を握り、数々の政治的業績があったコルベールは、いつも国王の人間ばなれした食事を見ているうちに胃病持ちになってしまった。そりゃ目の前で70皿、80皿の料理が胃袋に入っていくのを見ていれば、タジタジ、ゲンナリもするだろう。
自宅に帰ってからのコルベールは、家人に1皿以上の料理を出させなかった。極道オヤジの息子が東大に入ったようなもので、反動は極端な形で現れる。
コルベールの好物は、舌平目のフライの上に刻みパセリ入りのバターが乗っているだけの、質素といえば質素、素朴といえば素朴、何の変哲もないこの料理をよろこんだ。いまでもフランス料理店にいけば〔ソール・コルベール〕がメニューに載っている。大食の親分と1皿だけの乾分、この対照のおもしろさを料理の名前に残したものだろう。
コルベールの反対が、リヨンの総督をしていたヴィルロワだ。この人は戦争が下手くそで、何回やっても勝ったためしがなく、ついにルイ14世から〈負け犬〉と呼ばれて辞職を迫られた軍人だが、食べるほうは親分に負けていなかった。
あるとき、1発の砲弾がヴィルロワの近くに落下した。もうもうたる砂塵がおさまって側近がおそるおそる近づいてみると、煙たなびく向こう側に異様な人物が棒立ちになっている。目をこらして見ると、ススでまっ黒なヴィルロワが、口にローストチキンをくわえ、右手にシチュ1鍋、左手にデザートの器を持って茫然としている。
「総督! お怪我は?」
その声で我にかえったヴィルロワは、破壊されたテントを眺め、それから涙声でつぶやいた。
「畜生! スープがあと1匙残っていたのに」
これで戦争に勝てというほうが無理だ。
ヴィルロワは勇者ではなかったが、台所で孤軍奮闘した成果はいまでも立派にメニューに残っている。
〔ソース・ヴィルロワ〕〔ユイトル・ヴィルロワ〕〔コートレット・ダニョー・ヴィルロワ〕など。
バターとワインを巧みにあしらった逸品が多く、軍人になったのは明らかに道を間違えたとしか思えないほどの腕前であった。