第1章 絶命するまで啖(くら)いつづけた男たち
肥満が何だ、栄養がどうした。
美味なるものを死ぬほど食べる。
これが生きることの悦楽の極致。
古今東西の食の殉教者たちの
垂涎のものがたり。
(3)美食・大食紳士録の筆頭はルイ14世
ひねもす食事、食事の合い間をぬって政務に、色事に奔走した太陽王の1食分のメニューをあなたは信じられるだろうか。
♣娘がいっぱいいる家は、しょっぱいビールのつまった穴蔵だ――オランダの諺――
満足に歯がないルイ14世の食欲ときたら、これはもう信じろというほうが無理な話である。1670年に料理人の1人が自分の手順を忘れないために書いたメモが残されている。このとき、王は大勢いた愛人の中の1人と、寝室で差し向かいの朝昼兼用の食事をとったものらしい。いまでいうブランチのメニューは次の通り。
〔スープ〕
去勢鶏2羽としゃこ(水辺に棲む小鳥)4羽のキャベツ煮。鳩6羽のクリーム・ポタージュ。鶏冠(とさか)とミートパイ入りポタージュ。
〔前菜〕
去勢鶏としゃこの冷ゼリー固め。
〔アントレ〕
16キロの仔牛肉のロースト、温野菜添え。パイ詰めの鳩12羽。
〔小アントレ〕
鶏6羽のフリカッセ(煮込み)。しゃこ2羽の挽肉。ひなしゃこ3羽のソース煮。炭焼きパイ6個。仔七面鳥2羽の焙り焼。トリュフ詰め若鶏2羽。
〔焼きもの〕
去勢鶏2羽。若鶏9羽。鳩9羽。幼鶏(ひよこ)2羽。しゃこ6羽。タルト4個。
〔デザート〕
果実2桶。乾燥ジャムのゼリー2皿、果実の砂糖煮4皿。その他あれこれ。
この午前10時のメニューの合計は72皿で、しかも午後5時ごろからの夕食の妨げになっていないというからスゴイ。
夕食は一層豪華になって、総数95皿が延々と登場する。普通「いただきます」から「ごちそうさま」までに要する時間は平均で4時間。踊りや寸劇などのアトラクションが入ると、食事は5時間以上にも及んだという。いまではデザートの代名詞になってしまった「アントルメ」とは、本来こうした「中休み」のアトラクションをいったものである。
このあと王は、たいてい愛人のだれかとベッドに行くわけだが、夜中の空腹をおそれて6皿から10皿の料理がベッド・サイドに用意された。どういう胃袋をしているのかと、ここまでくるとあきれてしまうばかりだが、その秘密はのちほど……。