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生涯手づかみで食事をした太陽王

日がな1日食べまくっている14世だが、四旬節だけは「精進料理」の掟を守って肉を遠ざけていた。そのときのメニューは「清浄食」とも呼ばれ、いまでいう減量食らしいのだが、どうしてどうして、これで瘦せれば苦労はないのである。1672年の一夕の献立は次の通りだ。

ざりがにのボイル100匹。鯉1匹。ますの薬味草入り煮もの2匹。ミルク煮2匹。舌平目2匹。亀2匹。川かます大1匹。すずき大2匹。かき100個。えび30匹。鮭の焼きもの半匹。スープ4種。デザート12種。

これは夕食で、夜食はまた別に用意されている。

スープ2種。鯉2匹。すずき3匹。舌平目3匹。ます2匹。鮭半匹。デザート4皿。ワイン2びん。

これだけの魚類が、あるものはワインで蒸されたり、白ソースで煮られたり、火で焙られたりして食卓を飾るわけだが、ルイ14世はついに1度もフォーク類を使ったことがない方で、10本の指を巧みに動かしながら手づかみで生涯食べ続けた。だから、ある宮廷作家の記述によると、食卓に向かうときのルイ14世の10本の指は、いつもムズムズと動いているのが普通だったという。まるでオルガンを見たときのバッハみたいなもので、自然な条件反射だったに違いない。

フォークやスプーンが浸透したのは18世紀ごろからで、新石器時代からのY字型のフォークは主に調理用に使われていた。それでも14世のころには、ふたまたのフォークを使う人がふえていたから、国王の手づかみ姿はやはり異常ともいえる。

そういえば、あのモンテーニュも『日記』の中で次のように書いている。

『ひどく腹が空いたときには、あわてて自分の指をしたたかに嚙んでしまう。そのために何を食べても血の味がした』

想像するだにすさまじい食事風景である。

思うにルイ14世の10本の指も、ナマ傷が絶えなかったのではあるまいか。いや、歯がなかったからその心配は無用であった。

旺盛な食欲の主は性欲もまた旺盛である。ルイ14世は太陽王の名にふさわしく、無数の愛人たちをあまねく可愛がった上に、ちょくちょくつまみ食いもなさっていた。

残されている何枚かの絵を見ると、国王は柄の長い鵞鳥の羽根を手にして、太り加減の女性をそれでくすぐっている。女は手足をバタバタさせて笑いころげている。これこそ知らぬが仏を絵にかいた見本だろう。なぜならば、国王が手にしている鵞鳥の羽根こそ、満腹するやいなやノドの奥にさし込んで胃の中のものをそっくり吐き出してしまうための大食漢愛用のブラシだったからである。

ああ、きったない……。

(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)

『美食・大食家びっくり事典』夏坂健(講談社)

夏坂健

1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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