第1章 絶命するまで啖(くら)いつづけた男たち
肥満が何だ、栄養がどうした。
美味なるものを死ぬほど食べる。
これが生きることの悦楽の極致。
古今東西の食の殉教者たちの
垂涎のものがたり。
(2)カキを1200個も食べたローマ皇帝
どんなに旨くたってホドホドにと思うところがヤセた現代人、旨いものは食えるだけ食う、これが本物の英雄の生きざまだ。
旨いものをたくさん食べたいという人間本能の悲願は、歴史の上でも数多くのエピソードを生み出している。
ローマの皇帝チベリウスは、
「敵兵の死体の匂いは食欲をそそる」
と豪語した食人種的危険人物だが、彼は一度の食事にカキを100ダース、実に1200個、ペロリと平らげた。
ローマ帝国のもう1人の大食漢クラウディウス・アルビヌス将軍は皇帝のこの記録に挑戦したが、500個でダウンした。
のちにこの話を聞いて、今度はフランスの国王アンリ4世(1553~1610)が名乗りをあげた。人間、偉くなりすぎるとひまをもて余すらしい。マレーヌ産、ブロン産、カンカル産、そのあたりの逸品の天然カキを山積みにして、国王は黙々と召し上がった。やがて二十ダース、240個目をゴクリと吞み込んでからこうおっしゃった。
「カキの味がしなくなった。やめておこう」
それでも240個、立派である。
ついでだから、なぜカキにレモンをかけるようになったかその由来を申し上げると、むかしは海岸から荷車や乗合い馬車にがたがたとゆられてパリに到着するまで3、4日を要した。カキの水分は失われ、風味もそこなわれてしまった。どうしたら新鮮な味に戻せるか、多くの人がこの難問に取り組んだ。小さな町のレストランの見習いコック、ムソーという若者が、レモンをかけると取れ立ての新鮮さが甦えることを発見、彼はすぐに独立してレモン汁をたっぷりとかけた生ガキを提供するレストランを開店して大金を残した。この習慣が今だに残ったものである。