第1章 絶命するまで啖(くら)いつづけた男たち
肥満が何だ、栄養がどうした。
美味なるものを死ぬほど食べる。
これが生きることの悦楽の極致。
古今東西の食の殉教者たちの垂涎のものがたり。
(1)ソロモン王はシバの女王の香辛料を目当てにいい寄った
ソロモン王も暴君ネロも、歴史に登場する専制君主たちはなぜ揃いも揃って想像を絶する大食家なのか?
♣餓死するくらいなら、私は消化不良で死にたい――キケロ――
いつ、次の食事にありつけるかわからないとしたら、とりあえず目の前にあるものを腹一杯食べておこうとするのは当たり前の行為だろう。流通機構も冷蔵庫もない時代、人間は飢餓の恐怖におびえながら暮らしていた。
われわれの祖先は、おそらく想像する何倍もの大食漢であったにちがいない。なにしろ自分の胃袋がいちばんたしかな食糧貯蔵庫なのだから。
『飽満は仮死』と古代ローマの詩人オビディウスはいっているが、このころにはかなり物資が満ち足りていたから言えたことで、バビロニア帝国からもっと先を眺めてみると、人々が絶命するまで啖(くら)い続けることなど珍しくもない話だった。
たとえば、歴史に残る最初の宴会好きはといえばソロモン王だが、人並みはずれた食いしん坊の彼がシバの女王を誘惑したのは、間違いなく彼女が所有していた香辛料目当てであった。それが証拠に、二人の仲がアツアツになったころから、ソロモン王の宴には多くの香辛料が用いられるようになっている。
彼は父ダビデに代わって、神の安息所を建てるという偉業をなし遂げているが、これも仔細に眺めてみると、自慢の香辛料をたっぷりと使った宴会の合い間に手がけた二次産業的事業のようである。
なにしろ〈ソロモン大王の酒宴〉といえば、招かれる会食者は数千人、夜明けとともに会場のあたり一面、消化不良の死人が点々と倒れていた。それらの死人を埋めるのが宮廷給仕のその日の最後の仕事であった。
暴君で聞こえたネロも宴会が大好きで、こちらは7昼夜ぶっ続けのロングランが得意だった。酒池肉林の7昼夜のあいだに、飽食と急性アル中のため〈馬車で5台分〉の死人を宴席から運び出したという記録がある。