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クレオパトラの真珠のドレッシング

クレオパトラの時代になると、大食は正直や誠実と同じ美徳として扱われた。男の大食漢は、豪放、闊達、精力絶倫の象徴であったし、女の大啖いは、母性愛、官能、安産、好色のシンボルだった。男たちは胃袋の巨大な女を求めたものである。

クレオパトラといえば、彼女が主催した晩餐の席で不足を訴えた者がいた。怒ったクレオパトラは、豊かな胸を飾っていた真珠の首飾りを千切ってサラダの中に投げ入れた。

それ以来、真珠を酢で溶かしたドレッシングには媚薬的な効果があるといわれている。愛する殿方のために秘蔵の真珠を溶かし食べさせようとする女は、いまの時代、皆無である。

真珠のドレッシングはともかくとして、世の女性たちに学んでほしいクレオパトラの長所は、愛する男に対する心遣いの絶妙さだろう。

空腹のアントニオが宮殿に戻ったとき、ちょうど食べごろの肉が焼けているように、彼女は1時間ごとに新しい肉を焼かせていたのである。いうまでもないことだが、見習ってほしいのは精神的な面だけで、浪費癖のほうはご免こうむりたい。

古代ローマの詩集『サディアス』の中に、娘が青年騎士に愛を打ちあけるところがあって、

  『私は可愛い大食家

  鱓(うつぼ)の丸焼き20匹

  仔豚の肝臓5つ半

  たらいに2杯のえびとかに

  食事のあとでどっさりと

  ナビのお山を馬車に乗せ

  森の奥へと走ります』

というラブレターが紹介されている。ナビとはウンチのことだからあきれたものだ。

当時大食と快便は魅力のセールス・ポイントであった。

(本文は、1983〈昭和58〉年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)

『美食・大食家びっくり事典Kindle版』夏坂健(講談社)

夏坂健

1934年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフに関するエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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