ヨーロッパを食糧危機に陥れたノルマン人の胃袋
強烈な胃袋の持ち主ノルマン人の抬頭とその征服域の増大は、深刻な食糧危機を招いた。それにしてもまさに驚異的な食欲!!
シェイクスピアの『リチャード3世』のころも、人々は黙々と食べ続けていた。庶民は貧しいものを大量に、上流社会では日毎夜毎大広間で山海の珍味をやはり大量に。
大牛、仔牛、羊、鶏、野鳥類、豚の丸焼き、伊勢えび、かに、鮭、魚介類、果物の山々。
16世紀ぐらいまでは食器類もそれほど発達していなかったので、男たちは腰の短剣を抜いて肉を切りわけ、女性たちにサービスした。顔中脂肪でベタベタになった男たちは、食にあきると女を抱き寄せ、豊かな乳房をつかみ出し、今度はそれにかぶりつくのだった。だれもが驚くほど大食で、しかも鯨飲した。
スコットランド、ノルウェー、デンマークあたりのバイキングたち、ノルマンの男たちはとくに豪快であった。
ハムレットやオフェーリアは肥満する前に夭折するが、クローディアス王は大食漢でよく太っていた。後年のことだが、『三銃士』を書いたデュマは、そう、このデュマも並はずれた美食家で、旨いものを漁る合い間にあの世界的ベストセラーを仕上げたご仁だが、彼は七面鳥を前にして、
「実に不思議な鳥もいたものだ。1人で食うにはちょっと多く、2人で食うにはちょっと物足りない」
といった。ところがハムレットの時代には、一人前の男なら2日で1頭の羊を平らげるのは普通だったと記録に残されている。2日で1頭の羊!
ノルマン人は猛烈な胃袋の持ち主だったが、同時に航海術にも長けていたので、例のバイキング船で南下してフランスにノルマンディ公国を作り、イギリスを植民地化し、シチリアにも王国を作った。よく食べる奴はいい仕事をするの見本通りだが、それから数年間というものヨーロッパは深刻な食糧危機に見舞われた。
やってきたノルマン人が片っぱしから動物を捕らえ、鳥を撃ち、野菜や果物をむしって胃袋におさめてしまったためである。
リンゴは青い実のうちに摘まれ、鳥は深刻な配偶者難に悩み、動物たちは、いくら励んでも交尾が間に合わなかった。
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1934年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。