凄まじい食べっぷりを芸にした男
大食のロシア人のピンはアレクサンドル2世だが、キリのほうにイワン雷帝時代、グルジアに住んでいた雷帝と同名のイワンという大男がいた。イワンはあまりの大食が評判になって旅芸人の一座に迎えられ、1日1食だけ、その食べっぷりをお客の前で披露することになった。
ユーリンという物書きがたまたまイワンの食事ショーを目撃して、腰を抜かしながら記事を書いた。それがモスクワ図書館に残っている。
『観客の前に現れたイワンは、熊のような大男だった。どっかと腰をおろしたテーブルの前に、まず鶏の丸焼きが20羽積まれた。イワンはほとんど骨までバリバリと丸齧(まるかじ)りして、2、3分で鶏はすっかり胃袋におさまってしまった。次に仔羊の丸焼きが2頭と、バケツに火酒が20本分入れられた。イワンは2頭の仔羊と20本の火酒を10分ほどで平らげた。
舞台の横から4人の男が大きな板の上にふかしたジャガイモを山ほど持ち込んできた。その量は100人分のシチューに入れるよりも多かった。イワンは目を細め、両手を使ってジャガイモを押し込むように口に入れ、再び20本の火酒で一杯になったバケツで唇をぬらしながら、およそ10分ほどで山のような芋を胃袋に入れてしまった。
私は次の光景を見てド肝を抜かれた。イワンはデザートに大きな30個のキャベツをバリバリと食べて、もう一度20本の火酒で満たされたバケツを一気に飲み干し、最後のひと口でガラガラッとうがいをしてみせたのだった』
この記事は、読んでるほうが胸やけがしそうである。
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。