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今でこそ世界で確固たる地位を築いている日本車だが、暗黒のオイルショックで牙を抜かれた1970年代、それを克服し高性能化が顕著になりイケイケ状態だった1980年代、バブル崩壊により1989年を頂点に凋落の兆しを見せた1990年代など波乱万丈の変遷をたどった。高性能や豪華さで魅了したクルマ、デザインで賛否分かれたクルマ、時代を先取りして成功したクルマ、逆にそれが仇となったクルマなどなどいろいろ。本連載は昭和40年代に生まれたオジサンによる日本車回顧録。連載第90回目に取り上げるのは1989年にデビューした初代マツダロードスター(ユーノスロードスター)だ。

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初代ロードスターは日本車を代表する名車

1989年、1990年の2年間は日本車のビンテージイヤーと言われていて、歴史に名を残す数々の日本車が誕生。今回紹介するユーノスロードスターがそのなかでも一二を争う歴史的名車であると言っても文句は出ないはずだ。何しろ、クルマそのものが魅力的なことに加えて、他メーカーにも大きな影響を与えて後追いを促した功績は大きすぎる。

1988年に制作されたプロトタイプ。エラン風だったが、このデザインで登場しなくて大正解

ユーノスロードスターは1989年2月に開催されたシカゴショーで北米仕様のMX-5 MIATA(ミアータ)が世界初公開された。MXはマツダのチャレンジングに与えられる車名で、5はクラスを表し、MIATAは贈り物や報酬の意味するドイツの古語。つまり楽しい走りがご褒美的に与えられるという意味で使われているようだ。マツダは2019年頃から車名を世界で統一してきていて、デミオ→MAZDA2、アクセラ→MAZDA3、アテンザ→MAZDA6となったが、ロードスターだけはMX-5とならず。日本のロードスターは例外でそれだけに現在でも特別感が強調されている。

シカゴショーで公開した時のアメリカ人の驚きは凄かった!!

ユーノス店の第一弾モデル

初代ロードスターは1989年5月からまずは北米で販売を開始。日本では同年8月が事前予約を開始して9月から販売開始。マツダは1989年からマツダ店、ユーノス店、アンフィニ店、オートザム店、オートラマ店の5チャンネル制を導入。ロードスターは新生ユーノス点の第一弾となった。

ロードスターは世界的な大ヒットモデルとなり、マツダの想定を超えた結果を残した。ロードスターがデビューした1989年はバブル景気に浮足立っていた時代でもあったため、世の中は大きく強いモノが好まれた時代。そんな状況下でライトウェイトオープンスポーツが支持されたのは奇跡だと思う。

リトラクタブルヘッドライトを採用した丸みを帯びた柔らかなラインが特徴

2シーターオープンスポーツは、趣味性が高いクルマと言えば聞こえはいいが、裏を返せば実用性に乏しく用途が限定される無駄なクルマともいえる。投機対象になるタイプのクルマではないが、無駄なことにお金を使うのがカッコいい、シャレているという風潮がロードスター人気を後押しした感はある。

筆者は当時大学4年生。後述するが、初代ロードスターに関しては後悔しかない。

初代ロードスターについてはいろいろな文献が出されたり、回顧されている。そのため、語りつくされた感があるが、わが人生の大先輩であり、筆者の結婚にも大きく関与していただき、父親の葬儀にも駆けつけてくださるなど半分身内といった存在の元マツダで実験部に在籍して初代ロードスターの誕生に深くかかわった前田保(まえだ・たもつ)氏に質問を投げるかたちで話を聞いたのでそれを紹介する。

愛くるしいデザインも初代ロードスターの魅力
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初代ロードスターはマツダの冷や飯プロジェクト!?
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市原 信幸
市原 信幸

市原 信幸

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