そよそよと風になびくは野生味あふれる草葉と、可憐な花々。これらはすべて、「ハーブ」です。この目にするだけでも癒される生き生きとしたハーブたちは千葉県の南房総にある『苗目ファーム』によるもの。今回は、この畑を訪れながらもっと身近に取り入れたいハーブをご紹介します。
植物園のような眺めの畑で出合う鮮やかなハーブ
「畑らしくないでしょう?」生い茂る緑の中を歩きながら、『苗目ファーム』の代表・井上隆太郎さんはいう。確かに!雑草のごとくのびのび群生したハーブは、人の手が入っているとは思えない。大きな空をバックに、ワイルドな植物が生命力を放つのは心が晴れ晴れとする光景だ。井上さんが思い描いたのは“野原のような畑”だという。
収穫量や作業効率を考えるのではなく、自然で、見て楽しい庭のような存在。そこから生まれたハーブは、香りも味わいも力強いものとなった。ここ『苗目ファーム』では、年間200種類以上のハーブやエディブルフラワーを栽培する。主な卸し先はレストランやバー、近年はウェブサイトでも販売を始めた。始まりは2014年、千葉県鴨川市に畑を持ったことにある。
ハイブランドのイベントで花のディスプレイなどを手掛けてきたという井上さん。その時に出会った多くのシェフから食用の花やハーブが求められていることを知り、それがいつか農業をやりたいという思いと重なって「それなら無農薬で安全なものを自分が届けよう」と踏み切ったという。当初は週末だけの通い作業だったが、2018年には農業法人を立ち上げ、チームとなった。
1万坪という広大な農地を持ち、ハーブの栽培だけでなく、里山で採取した天然の植物の加工、農業を通じた体験学習もできるコミュニティとして機能している。最初に井上さんが案内してくれたのはシェアファーム。30年以上も放置された棚田を再生した場所だ。『苗目ファーム』が作られた目的は“次の世代にいい環境を残すこと”にあるという。だから農地を守ることもそのひとつなのだ。
さらにシェアファームから車で20分ほど山に入れば、放棄された8つのハウスを譲り受けた畑がある。踏み込むとブドウの木が枝を張り、その下に無数のハーブが可憐な花をつけていた。「これはチョコレートミント、チョコレートの香りがするでしょ?これはピリッと辛い、こっちはちょっと刺激的……」。ひょいひょいとハーブの合間を縫いながら、井上さんが次々とハーブを手渡してくれる。
味わうと本当にその通り。種類豊富でバラエティに富み、それぞれの味わいの個性に驚いた。これはカクテルに入れたいな、これはワサビの代わりになるかも?と思いが巡るので、シェフならば宝箱に違いない。食材としてのハーブは多くの可能性に満ちているのだ。
すくすく育ったハーブを楽しめるカフェがオープン
「これはハーブですか?ってよく聞かれんるんですよ。難しく考えないでハーブも野菜のひとつだと思えばいい」という井上さんは、ハーブの使い方が分かる場所を作りたいとずっと考えてきたという。念願叶って、今春は直売所とカフェのある『苗目ファーマーズスタンド』をオープン。
カフェで出すメニューは「こう食べてみて」というメッセージを含んでいるし、珍しいハーブにも手軽にトライできるようにと、調味料やハーブティーの加工品も販売する。自然体で飄々とした印象の井上さん。自分の道を進みながら、今は縁あって出合った里山を再生し、その過程で伐採した杉の木を生かすために家を建てている。仕事は広がるが「自分の中ではひとつのことをやっているだけ」とブレない。
こちらの敷地入口の田んぼには、マコモダケが植わっている。近隣の農家が「これは何だ?」と興味を持つと、「マコモダケっていうんですよ」とすかさず説明するという。実はこれ、放棄される田んぼの多さに歯止めをかけられないかという思いから、井上さんが仕掛けた「罠」。田んぼにそんな使い道があったのかと、見直すきっかけになって欲しいという。
そしてまんまとこの作戦は功を奏しているらしい。加えて、「ハーブは楽しいですよ。簡単だからみんな作った方がいい」とニヤリと笑う。その言葉を聞いていると、マコモダケ作戦のように、「ハーブっていいかも」とつい惹きこまれ、ハーブを食べたくなったり、作りたくなったりするから不思議だ。
『Naeme farmers stand』
シェアファームに隣接した母屋にカフェやハーブの直売、加工品のショップなどがある。築187年という古い民家を修繕した建物は、アルミサッシを外して古い建具に戻すなど、できる限り昔に近い姿を復元したという。天井を外して梁を露出させるなど、開放的な空間がいい
嶺岡ジビエソーセージドッグ 1300円
[住所]千葉県鴨川市細野1125-1
[電話]050-1551-0964
[営業時間]9時〜16時
[休日]水・木
[交通]鴨川日東バス・御園橋バス停から徒歩4分、安房鴨川駅から車で17分
撮影/松田麻樹、取材/岡本ジュン
※2023年8月号発売時点の情報です。
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