「柄じゃないんだよ。俺はあくまでも職人」
“学校で勉強できる奴、そういう子たちは、かなりの確率でエリートになれるよね。勉強というのは、はっきりと点数という形で成果が出るでしょう。スポーツのできる奴。これは、100mを何秒で走ったかとか、甲子園で何本のホームランを打ったかとか、記録としてはっきりと残る。その次は、バンドとか音楽をやる子たちだけど、音楽は誰でもできるけど、プロになって、メジャーになって、何十万枚もアルバムを売ったというところまで行かないと、結果が出せない。それでも目標があるうちはいいけどね。第4のタイプというのは、成績も悪く、スポーツも駄目で、バンドさえ組めない子たち。すべてというわけじゃないけど、そういう子たちを社会が差別したりすると、犯罪者になってしまう気がするんだ。今の日本の教育は、勉強とスポーツのできる子たちに偏重しているから、そこに入れない子たちが、今後、とんでもない犯罪を起こす可能性だってあるよね”
これは今から30年ちょっと前の話だ。その後、バブルが弾けて日本は経済的に暗黒の時代が今も続いている。小泉改革により格差社会も広がったままだ。この時のインタビューを今思い起こしてみると、山下達郎がいかに時代を先読みしていたのかがよく分かる。
その話に感銘を受けて、ぼくは言ってみた。
“達郎ほど弁が立つなら『朝まで生テレビ!』のような番組に出て、もっと意見を述べて欲しいな”
それに対し、彼は次のように応じてみせた。
“柄じゃないんだよ。俺はあくまでも職人で、市井の人、つまり庶民であり続けたいんだ。別にテレビの批判をするわけじゃないけど、識者とか文化人と言われている人たちが何やかやと喋ろうと、世の中なんて、そう変わらない。変わるなら、もっと昔に変わっていいはずでしょう”
床屋談義に耳を傾ける山下達郎を夢想する
床屋談義という言葉がある。ぼくの通っている床屋でも 71歳になる御主人が、同世代のお客といつも床屋談義をしている。ぼくの調髪をしてくれるのは、その息子さんで30代半ば。床屋談義、とくに政治の話はまったくしない。山下達郎は市井の人だから、こういう床屋談義なら、きっと耳を傾けるのだろうなといつも思う。
社会に対してもの申すメッセージ・ソング。1960~70年代は今よりずっと多かった。山下達郎はそういったメッセージ・ソングは作らない。けれども、その生き方でメッセージを送り続けているのだと思う。
男は背中でものを言う。山下達郎はそんな生き方をしているのだ。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約350万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。
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【連載最終回】山下達郎のアルバム制作費は高い+筆者の私的ベスト3はコレ 音楽の達人“秘話”・山下達郎(4完)