クイズから入ろう。──世界で最も飲まれているスパークリングワインは何か? 2013年、「No. 1スパークリング」の座に 答えはシャンパン‥‥ではない。正解はイタリア北東部で造られるプロセッコだ。2013年、それまで販売…
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──世界で最も飲まれているスパークリングワインは何か?
2013年、「No. 1スパークリング」の座に
答えはシャンパン‥‥ではない。正解はイタリア北東部で造られるプロセッコだ。2013年、それまで販売量世界一だったシャンパンを抜いてプロセッコが「No. 1スパークリング」の座についた。その後も進撃は続き、2020年には5億本が生産されている。ちなみにシャンパンは2億3000万本(見込み)だと言うから、随分と水を空けられたものだ。
プロセッコ躍進の牽引役となっている市場はイギリス、アメリカ、ドイツの3カ国。これらの国で全輸出量の6割を占める。シャンパンに比べて味わいが軽快でフルーティ、価格的にもお手頃なのが人気の理由であるらしい。このブームの背後には世界的に進む食事のライト化、飲料の低アルコール化があると考えられる。
日本ではどうだろう? 2019年の数字(輸入本数)で比較すると、シャンパン1430万本に対して、プロセッコは128万本とまだまだ「キング・シャンパン」の足元にも及ばないようだ(コロナ禍による巣篭もり需要で、2021年1~6月のプロセッコの対日輸出本数は158万本と急伸している)。
単一年収穫のブドウのみで醸造
プロセッコはイタリア北部ヴェネト州とフリウリ=ヴェネチア・ジューリア州にまたがる地域で、グレラ種のブドウを85%以上使い、泡を生み出す二次発酵の工程を密閉タンクの中で行う「マルティノッティ方式」(フランス人たちが使う「シャルマ方式」と言う呼び名の方が一般的)で造られる。二次発酵の工程をボトル内で澱(酵母の死骸が中心で、ワインに複雑味と旨味を与える)とともに行うシャンパーニュ方式との最大の違いがそこにある。
熟成したリザーブワインを混ぜる手法が主流のシャンパンに対し、プロセッコは単一年収穫のブドウのみで造られる。これらの製法の違いが味わいと価格の違いにつながる。マルティノッティ方式は一度に大量に造れること、比較的手間がかからないことでコスト減ができ、また、澱と共に長くは寝かせないので、フルーツ本来のフレッシュな風味が前面に出るのだ。
11%程度とアルコール度数低め
アルコール度数が低いのもプロセッコの特徴。シャンパンのそれが12.5%前後であるのに対し、プロセッコは11%程度。明るいうちから、テラス席で気軽に飲むイメージがプロセッコにはある。
シャンパンの成功の鍵の一つに、シャンパーニュ地方がパリという大消費地から近かったことがあったように、プロセッコには生産エリアから数十キロの距離に世界屈指の観光地ヴェネチアがある。ヘミングウェイが愛したことで知られる「ハリーズ・バー」の名物ベリーニは、プロセッコと白桃のピュレーで作るカクテルだ。リアルト橋の袂にある老舗バーカロ(居酒屋)、「ルーガ・レアルト」では生ビール用のサーバーからプロセッコが出てくる。
「特級畑」の中にあるさらに特別な一画
プロセッコ生産エリアの中でも、ヴェネト州東部の2つの村──コネリアーノ村とヴァルドッビアーデネ村──を中心とした一帯は特に上質のプロセッコが造られるとして、ワイン法上の最上位であるDOCG(統制保証原産地呼称)に認定されている。いわば「特級畑」のコネリアーノ・ヴァルドッビアーデネ・プロセッコ・スペリオーレDOCG(舌を噛まずにはいられない‥‥)の中に、さらに特別な一画がある。そのサブゾーンの名前は「カルティッツェ」、面積はわずか107haだ。
僕は10年ほど前に現地を訪ねたことがある。勾配のきつい小さな丘が互いにぶつかり合うように連なるユニークな地形。土地の表面をブドウ樹が畝(うね)を成して並び、無限にアップダウンを繰り返すさまは刺繍のようだった。傾斜があまりにもきついため、畑に機械を入れることができず、ブドウ栽培は必然的に昔ながらの手作業となると聞いた。この時、ある生産者が「ここの畑は世界の名だたるブドウ畑の多くより高額なんですよ。ただし、実際には誰も手放さないので売買は成立しませんけどね」と言っていたのがはっきりと記憶に残っている。
明朗で心をときめかせるワイン 「おでん」にも合う!
そんなカルティッツェにワイナリーを構える〈コル・ヴェトラーツ〉のワインを試す機会が先日あった。コル・ヴェトラーツは1838年からブドウ栽培をしていたミオット家が建てたワイナリーだ。ブドウ畑の標高は海抜400m、最大斜度は70度というから、まさに崖! 同社のプロセッコは地元の生産者同士がブラインドで行うコンテストでも優勝の常連、多くの星付きレストランのワインリストにも載せられている。カルティッツェを代表する生産者というわけだ。
「コル・ヴェトラーツ スペリオーレ・ディ・カルティッツェ2019」は、外観はグリーンがかった淡いイエロー。熟れた白桃やメロン、青リンゴ、白い花を思わせる甘く、柔らかな香りに青い芝草を思わせるグラッシーなトーンが交じる。口に含むと、クリーミーな泡が舌を撫で、青リンゴとやはり草を思わせる風味が広がる。飲み下した後に残るのはグルタミン酸系の旨み。飲むとつい微笑んでしまうような、明朗で心をときめかせるワインだ。残糖が24g/lと多めなので、辛口のワインに慣れた人には甘すぎるように感じるかもしれないが、日本酒の甘/酸バランスと近いと思えば、すんなり受け入れられるのではないだろうか。
アペリティフとしては最上だし、オレンジとフィノッキオ(フェンネル)を使ったシーフードサラダのような軽快な皿によく合いそう。ヴェネチア料理では揚げたイワシを玉ねぎ、レーズン、松の実と南蛮漬け風にした、サルデ・イン・サオールが最上のマッチングである。僕が合わせたのは、おでんだった。グルタミン酸つながりで昆布を利かせた出汁とよく合った。練り物やこんにゃくとの相性も申し分なかった。
シャンパーニュの銘醸地よりも高額なブドウ畑
ところで、やはり気になったのが畑の地価についてだ。コル・ヴェトラーツに問い合わせてみたところ、現在のカルティッツェのブドウ畑は1ha当たり150万〜200万ユーロ(1億9700万〜2億6200円)とのこと。この数字は、シャンパーニュの有力メゾンのほとんどがあるマルヌ県の平均取引価格120万ユーロを楽に上回り、シャンパーニュ地方で最も高額なコート・デ・ブラン地区の163万5000ユーロ(シャンパーニュの数字は2020年の価格)とも堂々と肩を並べるものだ。
カルティッツェは最高級のものでさえ4000〜5000円で手に入る。シャンパンで言えば最も安い銘柄の価格帯である。ちなみに、コート・デ・ブラン地区を代表するシャンパン、「サロン ブラン・ド・ブラン」の日本での実勢価格は17万円前後だ。単純比較するのは無謀だと承知の上だが、畑の価格が同等の2つの高級スパークリングワインの値段に30倍以上の差があるなんて、ねえ‥‥。
ワインの海は深く広い‥‥。
Photos by Taisuke Yoshida
Special thanks to Col Vetoraz Spumanti S.r.l.
浮田泰幸
うきた・やすゆき。ワイン・ジャーナリスト/ライター。広く国内外を取材し、雑誌・新聞・ウェブサイト等に寄稿。これまでに訪問したワイナリーは600軒以上に及ぶ。世界のワイン産地の魅力を多角的に紹介するトーク・イベント「wine&trip」を主催。著書に『憧れのボルドーへ』(AERA Mook)等がある。