マグロなのにキンメの香りと味がする!?
「あ〜っ。人をおちょくってるでしょ〜! 浅沼さん! 俺だって少しはわかりますよ。左上から背上、背中、背下。左下にいってカマ、カマトロ、腹上、腹中、腹下でしょう。そんで尻尾」
「わかってるじゃ〜ん! そしたら考えてよ、部位によって脂のノリも違うでしょう」
「…………?????」
「あっ……わかったぞ。部位によって脂のノリが違うなら部位によって旨みも違ってくる。当然その部位の先端の骨と骨の隙間にある中落ちだって味が違う理屈だ!」
「御名答」
「人それぞれだけど、俺はさ、その魚の持っている味を知るなら尾っぽの方の中落ち、旨みを知るなら背上のほうの中落ちだと思うよ」
「は〜っ。奥深すぎ」
「ちなみに、今日のマグロは駿河湾近くで取れた魚体だから、キンメの香りと味がほんのりするね、ほら」と言って浅沼さんは1枚、尾っぽの方の中落ちを剥がして俺の手のひらに乗せてくれた。
「ムムム。キンメの味ですか??? するようなしないような」。すると言えば、口の中の余韻にわずかにキンメの香りがあるような。
「そしたら浅沼さん、冬の大間のマグロの味と香りってどんな感じですか?」
「基本は、サンマ、スルメ、ニシンの感じだね。他にイワシ、サバ、フクラギ(ブリの稚魚)のときもあるよ」
「あとさぁ、日本海から津軽海峡に入る前のマグロは、越前あたりでカニとエビを食べてるから甲殻類の香りがするね」と、さらりと言い放った。
「フヘーッ、恐れ入りました」。俺は浅沼さんの繊細な味覚に驚き、あきれて白いハンカチをポケットから出して目の前でひらひらさせながら言った。
「浅沼さん、俺、降参! 降参!」
その後、手配していただき、撮影した『石司』の中落ちはこのような写真になったのでした。
取材・料理撮影/鵜澤昭彦 写真提供/石司