お笑いコンビ「ティモンディ」前田裕太さんの、「目指せ、理想の大人」をメインテーマに掲げた連載コラム。30代に突入した前田さんが「大人」を目指して過ごす日々を、食・趣味・仕事など様々な視点で綴ってくださいます。連載は、第1・3木曜日に更新です。「(理想の)大人ってなんだろう?」を一緒に考えながら、前田さんの成長を見守りましょう!
人間には思いもよらない行動をとるのが、動物ですよね。前田さんも、人間には信じられない飼い猫の行動を見て、自由な価値観に感服し、驚きの行動に出ます…!
欲求のままに生きる猫
猫は自由だ。
我が根城には2匹の愛猫が起居していて日々家主の心配を気にかけることもなく自由奔放に生きているのだけれど、この気ままに生きている姿勢は、現代をサヴァイブする人間としては見習わなければならない点がいくつもある。
例えば、私が湯船に浸かり風呂場で籠城していると、ドアの前でニャーニャーと責め立てて、彼らは風呂場への侵入を試みようとしてくる。
行ってみたいなあ、と思った場所があったとして、果たして他人に直訴できるだろうか。
正直、私はそこまで自分の欲求に正直になれない。不満に思っているくせに、そこまで主張できないことすらあるからタチが悪い。
どこか行きたい場所があっても「○○日にお休みもらってもいいですか」と言い出せない私からすれば、風呂場へ入らせろ!と声を大にして主張できるその姿勢には勉強させられる。
お風呂の水は飲めないもの?
長時間にわたる彼らの鳴き声に根負けして、風呂場のドアを開けると“ねこ、まっしぐら”とはこの事と言えるスピードで湯船に顔を突っ込み、風呂の水をガブガブ飲みはじめる。
コラ!やめなさい!と咄嗟に注意するものの、ふと冷静になり考えてみる。
何故、湯船の水を飲むのはやめた方がいいのだろうか。
きちんと清潔にバズタブは掃除しているし、雑菌が繁殖しないように水回りは小まめに洗浄したりしている。
出てくるお湯も、水道から出てきたものだし、飲んではいけない、というほど危険なものではないではないか。
当然、私が入浴しているので、水道水よりは飲水に適してはいないけれど、私は私で身体を洗ってから入浴しているので、寿命が縮むような毒水になっている訳でもない。少量の出汁が出ているかもしれないけれど。
ただ勝手に、固定観念で、湯船の水はなんだか飲めるものではない、飲むものではない、と勘違いしているのだ。
実際、こう目の前で美味しそうに湯船の水をガブガブ飲んでいる姿を見ると、もしかすると水道水よりも湯船の水の方が美味しいのではないかと錯覚してくる。
いや、最早錯覚ではなくて、自分が固定観念に支配されているだけで、本当に湯船の水の方が美味しいのではないか。
私は自分で自分の当たり前を他人に押し付け、更には、湯船の水を自分以外の存在が飲むという行為すら否定しようとしている。