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地べたに穴を掘る奇人で溢れている

19世紀後半、ゴルフは大西洋を渡ってアメリカ大陸に上陸するが、ニューヨーク市中に誕生した最初の3ホールは野次馬で一杯、かなりの話題になった様子が窺える。

「見てきた運転手の話によると、棒を持った集団が小さなボールの周囲に集まって、しきりにのぞき込んだり呟いたり、ときに奇声など発して棒を投げだす者もいるそうだ。運転手の結論としては、ボールを埋めるか何かの儀式に違いないと」(ジョン・バーコフ著『マンハッタン開拓史』)

「1895年ごろ、山奥からやってきた2人の男がシカゴ郊外で奇妙なゲームを目撃する。折しもコースでは、1人のゴルファーがボールと大格闘。ラフに手こずり、バンカーで大叩きしたあと、ようやくグリーンに乗せてパットをしたところ、なんたる奇蹟、長いのが一発で入ってしまった。すると、それまで呆然と狂気の野外劇に見とれていた男の1人が、たまりかねたように声を掛けた。

『なんてこったい、散々苦労したというのに、今度は穴ボコだ。この世に神も仏もあるものかって泣きたいところだろうね、旦那。で、今度はどうやってそこから出すおつもりで?』

彼の声は同情に溢れていた」(ハーバート・ウォーレン・ウィンド著『アメリカン・ゴルフ』)

1889年、初めてアメリカの新聞がゴルフを取り上げた。

「羽根詰めの小さなボールは、誰の言うことも聞かなかった。スコットランド移民、ジョン・リードがヨンカースに作った3ホールで『ゴルフ』を見たが、これは厄介なゲームというのが最初の印象であり、事実、ボールは頻繁にリンゴ畑の奥へと消えていった。トラブルに満ちたこのへンなゲームがこれから一般に受け入れられるとは思えない」(「フィラデルフィア・タイムズ」)

当初は黙殺された感がある。ところが3年後の1892年になると、有力月刊誌が図解入りで取り上げるほどの広まりを見せる。

「打っては悲鳴の連続だが、それもゴルフが心の底から楽しめるゲームだからに違いない。ここでは最も飛ぶクラブ『ドライバー』から、各ホールの最後に行う『パッティング』まで、基本となるいくつかの打ち方を取り上げよう。初めに断わっておくが、現在のアメリカには満足にボールが打てる者などいないのが実状。そこで、英国人に広く読まれているレッスン書から引用せざるを得なかった」(「ザ・カントリー・イラストレイテッド・マンスリー」)

なんとも良心的な前文に続いて、延々10ページに及ぶ特集は、ロンドンで編集される雑誌「ゴルフ」からの無断引用だった。

一方、各国で初めて紹介された記事が、これまた愉快の極み。まず1893年にカンヌで出版された『Le Golfen Angleterre』と言えば、フランス人によって書かれた初めてのフランス語のゴルフガイドとして知られるが、この中で著者のF・W・マリアッシーは次のように述べている。

「ゴルフとは、他の者が打つとき、誰も動かず、何も語らず、セキもせず、洟もかまず、背中も搔かず、屁もたれず、ひたすら一個の石像と化すゲームなり」

このように定義している。

オランダでゴルフが紹介されたのは、恐らく18世紀ごろと言われる。何しろスコットランドで消費されるボールの9割がオランダ製だった。しかし、印刷物としてこんにちまで残るのは、1833年の新聞「Herblove」に載った短文だけ。

「詩人ウィテルムは、スコットランドの旅から戻って、あの国は地べたに穴を掘る奇人で溢れていると語った」

これと似たのが、1875年にスペインで出版されたホセ・バラノスの詩集『虫が歌う』の一節である。

「あそこにも、ここにも点々、蝶のかわりに球を追う無邪気虫。飛ぶのはボール、這うのが男たち、リンクスは奇人虫でいっぱい、大人の玉虫で溢れている」

いずれも共通して、変人奇人が群れ集まって棒を振り回す頭のおかしな野外劇だと紹介されてきた。ゴルフは誕生した瞬間から、どうやらひと刷きの狂気がつきまとうゲームというのが世界的定説だった。

(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)

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夏坂健

1934年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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おとなの週末Web編集部 今井
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