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奇跡の大麦「はるな二条」と「旨さ長持ち大麦」

大麦の品種開発では、1981年に目覚ましい成果があった。サッポロビールが開発したビール大麦品種「はるな二条」のこと。従来のものに比べてエキス分が飛躍的に向上したのだ。「醸造品質が極めて優れる奇跡の大麦といわれる品種になった」(保木所長)。次世代のビール大麦を開発するにあたって、多くの国産ビールの大麦品種が、「はるな二条」の特性を受け継いでいるといっても過言ではないのだという。いわば、当時の日本のビール大麦のスタンダードにもなった。

同社の長年にわたる大麦研究の成果としては他に「旨さ長持ち麦芽」もある。麦芽は、文字通り“発芽した麦”のこと。収穫された大麦からつくられ、美味しいビールを醸造する上で欠かせない大切な原材料だ。ビールは、保存によって、味と香りが次第に劣化していく。具体的には、「老化臭」といわれる段ボールのような匂いが出てしまう。原因は、ビールの酸化を促す酵素「リポキシゲナーゼ‐1(LOX‐1)」の存在だった。この酵素を持たない大麦から製造したのが「旨さ長持ち麦芽」。この麦芽を用いることで、ビールの香味が従来よりも長持ちし、泡持ちの良さにつながった。「旨さ長持ち麦芽」は、2015年度の日本育種学会賞を受賞している。

大麦だけでない。2018年には、ホップの育種・栽培技術から商品開発までの一貫した取り組みが評価されて農芸化学技術賞にも輝いた。

そんな、原料の開発の歴史や実績を持つサッポロビールが、画期的な研究結果として発表したのが、「N68‐411」だった。

2023年6月、アメリカの学会で注目を浴びる

「気候変動にともなう降雨量増加への耐性と麦芽成分のバランスを向上させる性質を併せ持つ大麦を、世界で初めて発見」。1年前の2022年4月、同社はこんなニュースリリースを発信し、注目を浴びた。地球温暖化による大雨に対応した特性と、ビールの品質を保ち、美味しさを両立できる大麦の発見を伝える内容だった。

そして、今年2023年6月、アメリカで開かれたビール醸造技術で権威ある学会「2023 ASBC Annual Meeting」で、大麦をビール原料の「麦芽」にする過程(製麦)で発芽日数が短縮され、CO2排出量の削減につながる新たな大麦を開発したと発表。地球温暖化が進み、農作物の収穫への影響が懸念される中、その研究内容が大いに注目された。

温暖化による気候変動の影響を受けづらく、安定した収量を確保

「N68‐411」の大きな特性とは、何なのか。

ひとつは「穂発芽耐性」といわれるもの。もうひとつは「溶けやすい」性質がある点だ。

「穂発芽」とは、長雨の影響で「穂についたままの種子が収穫前に発芽する現象」のこと。こうなってしまうと、麦芽としては利用できなくなってしまう。

左が穂発芽大麦、右が通常大麦(提供画像)

「溶けやすい」とは、発芽の過程でデンプンやβ‐グルカン、タンパク質の分解が進みやすいことを指す。

そもそも、ビールの主役となる大麦とは、大瓶(633ml)1本にどれほど含まれているのか。大麦の穂で数えると約100本(種子の量としては約90グラム)となる。収穫された大麦は、同社資料によると、吸水させる浸麦(しんばく)工程(約2日間)、発芽工程(約6日間)、乾燥させる焙燥(ばいそう)工程(29時間※ラボスケールの製麦条件の場合)を経て、ビール醸造用の麦芽となる。

この発芽の過程で起きる「溶け」という現象が、とても重要になる。「溶け」(デンプンやβ‐グルカン、タンパク質の分解)が進み、発酵に必要な成分(糖やアミノ酸)が生成される。

保木所長の次に説明を行った木原誠主任研究員によると、一般的な大麦には「やっかいな現象がある」のだという。それは、一般に、穂発芽に対して強い「穂発芽耐性」のある品種は「溶けにくい」性質があること。つまり、デンプンやβ-グルカン、タンパク質の分解が進みにくく、麦芽の品質が低下するという課題があった。特に、β‐グルカンには粘性があって、ビールにとっては「悪玉」となる。充分に溶けていることが美味しいビールの条件となるわけだ。

大麦について解説する木原主任研究員。手にしているのは中瓶

「近年は気候変動で、穂発芽被害が出ている。そうなると、ビール会社としても極めて深刻な問題になってしまう」。木原主任研究員は、近年あった国内外の穂発芽被害の実例を挙げながら、「世界的にも、穂発芽のリスクが高まっている。今後の気候変動を考えて、品種改良によって、原料が安定調達できる取り組みを行っていく」と力を込める。

穂発芽しにくい品種は、溶けにくい―――。この難点を解決する大麦が、「N68‐411」だった。穂発芽しにくい性質と、溶けやすさを併せ持つことが示されたのだ。

そして発見した特性が「溶けが速い」ことだった。発芽日数が約6日間から約2日間に短縮されることから、二酸化炭素排出量の削減が期待できる。

さらに、今回のアメリカの学会では、「N68‐411」とその系統の大麦について、新たに分かった研究結果が発表された。浸麦工程も短縮できる可能性があるという内容。浸麦工程にはかなりの水を使う。水分量が従来のものより少なくても、ビール醸造に使える品質が確保された麦芽をつくることができるため、製麦に関するコストや環境への負荷が低減できる可能性がある。地球環境の変化に対応し、高品質で安定して供給できる大麦という特性が伝わる内容だった。

「溶け」への影響が分かる実験。溶けているほど染色されている。3番が「N68‐411」。低浸麦度(39%)で短日発芽日数(4日)にもかかわらず、1番と2番の通常大麦よりも染まっているのが分かる。2番は3番と同じ条件、1番は浸麦度が43%で発芽日数が6日(提供画像)
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圃場で見た「N68‐411」...
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おとなの週末Web編集部 堀
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