「お願い。裸になってくださる?」
食事は終わった。未亡人は彼のそばに来て、やさしく髪に触れながらささやいた。
「あなた、お願い。裸になってくださる?」
言い置いて、彼女は扉の向こうに消えた。
ポンションは食卓の横で、稲妻より早くスッ裸になった。
ああ! 早く寝巻きに着替えて出ておいで、ボクの小猫ちゃん……。
扉が開いた。寝巻きに着替えるどころか、彼女は寝ぼけまなこで目をしきりにこすっている5歳ぐらいの男の子の手を引いている。
「さあ、ミシェル、よくごらん!」
未亡人は、スッ裸のポンションをゆび指して叫んだ。
「かあさんがいつも言ってるだろ。食べ物の好き嫌いばかりしてると、どんな大人になるかって! お前のために無理して裸になってもらったんだから、よオく見ておきッ!」
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1936(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。