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今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。ゴルフ・エッセイストとしての活動期間は1990年から亡くなった2000年までのわずか10年。俳優で書評家の故児玉清さんは、その訃報に触れたとき、「日本のゴルフ界の巨星が消えた」と慨嘆した。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。もう一つ大事なのは“読むゴルフ”なのだ」という言葉を残した夏坂さん。その彼が円熟期を迎えた頃に著した珠玉のエッセイ『ナイス・ボギー』を復刻版としてお届けします。第11回は、日本のゴルフを腐らせている、一部のゴルファーのある習慣について。

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【その11ニッポン賭けゴルフ連盟】第2ホールパー4(この精神がわからんのか4)

ある総務部長からののっぴきならない相談事

「秘密は守ってもらえますか?」

「誓います」

「では、信用してお見せします。これが最近の成績一覧表です。数字の単位は万、この票によると、一番負けている人で75万円になります」

「プラス印が勝者ですね? するとAさんは122万円も勝っているわけだ。先ほど成績は6ヵ月単位だとおっしゃいましたが、間違いありませんね?」

「はい、毎月1回コンペをやって、半年毎に清算します」

私たちはホテルのティールームの片隅に座り、まるで悪事でも企む気配を漂わせながら声をひそめていた。彼の肩書きは中堅企業の総務部長、業界でも評判の切れ者だった。

同業者の社長と重役たちによって構成された問題のコンペは、結成されて10年、最初のころはニギリもささやかだったが、やがてエスカレートして、いまや賭けゴルフのための集団と化していた。この6ヵ月間、彼はコンペの幹事役を仰せつかってきたが、毎月膨張する賭けゴルフの実態のひどさに呆然。

「相談したいことがあります」

ある日、私の仕事場の電話が鳴った。

「ひどい賭けゴルフのグループに、首まで嵌(は)まってしまいました。どうしたら抜け出せるのか、お知恵を拝借できないでしょうか?」

彼が持参したのは、前任者から託された一冊の大学ノートだった。数字で埋まった最初の日付が2年前、これまでに4回の清算が行われた動かぬ証拠というわけだ。私は最初からゆっくりとページをめくっていった。

それにしても、Aさんの強さは異常である。過去4回の清算金額を机上の紙ナプキンに書き出したところ、「43万円」「62万円」「95万円」「122万円」と上昇して、4回の勝ち金合計が「322万円」!

「わずか2年間で、この金額は凄いの一語につきます。失礼ですけど参加者の皆さんは堅気の方でしょう?」

「職種は荒っぽいかも知れませんが、もちろん堅気です」

「Aさんの勝ち金額から察するに、1回のニギリが次第にエスカレートしていますね」

「はい。ハーフナッソーで1万円だった勝負が、負け組の要請によって2万円になり、5万円に上昇し、いまでは10万円です。それとは別に1打1万円の賭けが行われ、ショートホールでは乗らなかった者が1オンした者に各3万円ずつ支払います。もし3人乗って1人だけ乗らなかった場合、そのホールだけで9万円の負けです」

「途方もない話だ。ほかにも別種類の賭けが行われていますか?」

「OB1発1万円、これは会に寄付されます。数年前のコンペでは、コースがむずかしかったこともあって、1回のコンペで22万円も収入がありました。その金で帰路、相応の店に寄って食事を取るわけです。現在、会には50万円くらいの資金があります」

「このノートには2年間の成績しか載っていませんが、あなたの知る限り、これまでに最も負けた人は、一体いくら支払ったのでしょうか?」

「私は1年前から参加した新参者、ゆえに仄聞ですが、B社のC社長は6ヵ月間に400万円も負けたと言っていました。次の6ヵ月でも同じくらい負けたそうですから、1年間で800万円になります。これがゴルフでしょうか?

情けなくて参加するのもはばかられますが、何しろ同業者は公共事業の受注関係と絡んで、日ごろのつき合いが肝心、しかも社命とあって断わるわけにもいきません」

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賭けゴルフ如きで一生を棒に振るなんて...
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おとなの週末Web編集部 今井
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