打って飲んで食べて、少しだけ寝て
まず政府観光局および開催地の関係者としては、可能な限りたくさんのコースと名所観光に連れ歩きたいと考える。さらに夕食会では各方面から列席する名士の歓迎スピーチと、最高のワイン、極上の食事が用意される。
酒池肉林はとめどなく続き、ときに時計の針が午前1時を回ることもある。ようやくベッドに入ったのも束の間、起床午前6時、朝食6時半、ホテル出発7時、8時にティオフしてブッ通しの18ホール、ステーブルフォード式コンペが行われて、とりあえず「午前の部」が終了する。
と、昼食もそこそこに選択制の「午後の部」が用意される。歴史的な町に行く者、多くの画家が滞在した村に向かう者、香水博物館の見学を希望する者など、ここで約50人の面々は各方向に散開するわけだが、もちろん別名「ゴルフ・サミット」と呼ばれるだけあって、次のゴルフ場も準備済み。
「それでは、第2部のゴルフに行く人、手を上げてください」
主催者側からの声を待ちかねたように、約半数のゴルフ狂がサッと手を上げる。この顔ぶれは、ついに最後まで不動だった。
私たちは再び車に乗って次なるコースに雪崩れ込むと、瞬時に同伴競技者を決め合い、早くもティショットが放たれる。それはもう、禁断症状の中毒患者がヤクにありついた姿に似て悲愴、かつ滑稽でもある。
幸いにも、初夏の太陽は午後8時になってさえ沈む気配も見せない。1日2コースの贅沢にすっかり満足してホテルに戻り、シャワーを浴びると、今度は「夜の部」がお待ちかねだ。
まずテラスに集合して、薄暮に霞む地中海と、コート・ダジュール名物、豪華なクルーザーの航跡など愛でながらグラス片手の立ち話が始まる。これが早くて1時間のセレモニー。それから晩餐の席に案内されてフルコースが供され、ようやく最後のコーヒーに辿り着くのがまたもや午前1時ごろ。
連戦4日目の晩には、目を開けたままイビキをかく不思議な男も現われた。
普通、ここまでゴルフに埋没したならば、長い棒と丸くてツルツルしたものの話は避けるはずだが、反対に夜が更けるほどゲーム談義が高まって、姦しいことこの上ない。
「きょうの6番ホール、どう思う?」
「午前のかね? それとも午後の?」
「午後の奴だ」
「つまらないショートホールだと思うね。ただ長いだけでスペクタクルが存在しない。それよりも13番、あのホールは最高だ。バンカーの位置、起伏、グリーンの大きさも申し分ない」
「スコットランドのキングホーン、15番と似てないかい?」
「うん、そっくりだ」
何しろゴルフが本職、誰もが実によく世界のコースを歩いている。グルメが美味を求めて徘徊するのと同じだろう。従って、名のあるコースを知らないと会話には入れない。
さらにはトッププロの話、メジャーの予想から道具の比較、自国のゴルフ事情など、次から次へと話題は尽きないが、寄り道することはあっても路線はゴルフから離れない。これはもうビョーキの世界である。
6日間、私たちは打って飲んで食べて、少しだけ寝て過ごした。コート・ダジュールにある直径10.8センチの穴ボコのすべてに白球を沈め、それからお互いの健闘を称え合って深夜まで乾杯が続いた。誰もが新しく生まれた友情に興奮し、私も大男たちに挟まれて十分すぎるほど幸せだった。
さて、私はこれからスコットランドに向けて出発する。セントアンドリュース、ミュアフィールドにも立ち寄るが、本当の目的は「ロイヤル・ドーノック」の再訪にある。人口1000人にも満たない小さな村に、世界一の名コースが静かに横たわっているのだ。いまや疲労はピークに達しているが、ほら、もう足の奴めが勝手にトコトコと……。
(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)
夏坂健
1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。