今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。もう一つ大事なのは“読むゴルフ”なのだ」という言葉を残した夏坂さん。その彼が円熟期を迎えた頃に著した珠玉のエッセイ『ナイス・ボギー』を復刻版としてお届けします。
夏坂健の読むゴルフ その24 ゴルフ狂の晩餐会
乾杯、乾杯の連続で町はビール不足に
花咲き乱れ、吹く風肌にやさしいこの季節になると、決まって世界各地からゴルフ・ジャーナリストがフランスに結集する。
とくに今年(1996年)の舞台が魅惑的なリゾート地、コート・ダジュールとあって、いつになく北欧全土から多くのジャーナリストが押し寄せたため、カンヌでは深刻なビール不足に見舞われた。
すべての民族は固有の儀式によって形成されるものだが、ゴルフとて例外ではない。連中はまず好きなゴルフが始められる幸運に感謝して乾杯! 次に同伴競技者に対して、この世にあるすベてのミスショットを披露する非礼など詫びて乾杯! さらにカラ振りと5パットだけは免じてくれるよう、日ごろから畏敬してやまないバッカスの神に祈念して乾杯! ついでに発汗対策としてグビッと一杯やったあと、
「諸君、ゴルフに取りかかろうぜ」
儀式は、もちろんホールアウト後にも用意される。まず、レディース・ティが無事越えられた幸運に感謝して乾杯するわけだが、このときカンヌ市中に存在する最大のジョッキが所望されること、言うまでもない。
次に、15回ほどタマ探しに協力してくれた同伴競技者に対して、深々と頭を下げたあと乾杯! フランス側の完璧な接待ぶりに乾杯! 素晴らしいコースに乾杯! 偉大なるゲームに乾杯! と続いて、ようやくノドの乾きが癒されたころ、ふとわれに返って、とりあえず18もの荒海から無事生還した自分に対して乾杯するのである。
いまやフランス全土に展開するゴルフ場500余、秀峰アルプスから紺碧の地中海に至る緑の大地には、無数のピンフラッグが風にそよめいて壮観の極みだが、しかし、いくら耳を澄ませても大和の国に横溢する悲鳴、嬌声、大声蛮語は聞こえない。
もちろん、食料が自給自足できる世界屈指の農業国とあって、緑の深さが消音にひと役買っていることも事実だが、本音の部分では圧倒的にゴルフ人口が少ないのだ。本来ゴルフは上流階級のゲーム、フランスでも一部特権社会だけが優雅に楽しんできたため、庶民には馴染みが薄い存在である。
この国では、いまなおアマチュアがすべてであって、プロは日本ほどにスター扱いされない。その意味では本物の「アマチュアリズム」が残された希有な国であり、プロゴルファーが頂点に祭り上げられた逆三角形型の日本の現状とは正反対である。
「まずアマチュアがいて、ゲームの骨子を作り、ルールを定め、伝統を築いた。プロは最後に現われて経済的恩恵だけを受けようとする。心して聞け、きみたちはもっと謙虚であらねばならない。ゴルフはきみたちのためにあるゲームではない。アマチュアこそ主役なのだ」
イギリスのコラムニスト、ネイル・オルジーは『ゴルフ憲章』の中でこう書いたが、馬の耳に念仏。謙虚さは教養から分泌される床しさと知れば、ま、態度のデカいプロに腹を立てるほうが大人気ないというものだろう。
さて、500コースのゴルフ天国に変貌したのはいいが、フランスとゴルフはイメージが合わず、外国からも思ったほどにビジターが集まらない。
そこで毎年「インターナショナル・ゴルフ・ジャーナリスト・トロフィー」なる催しが行われることになって、アジアからただ1人招かれる光栄に浴しているが、羨ましいと思うは早計、これがなんとも重労働なのである。