国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。連載「音楽の達人“秘話”」シンガー・ソングライターの谷村新司第2回は、「売れて良かったことは?」に対する回答について触れます。意味がよく呑み込めなくて、筆者がさらに問いかけたその内容とは―――。
「“ダンセン”みたいなみたいなオシャレな本に、ぼくでいいの?」
1970年代中期から1980年代初期、「男子専科」という発刊が日本で最も古い男性ファッション誌に音楽コラムを連載していた。昭和の男性ファッション・ファンは、ヨーロッパ係のおしゃれ(コンチネンタル・ファッション)なら「男子専科」、アイヴィー・ファッションなら後発の「メンズクラブ」を手に取っていたと思う。
「今はもうだれも」(1975年)のヒットから立て続けにレコード・セールスを伸ばしていったアリスの谷村新司~チンペイさんを「男子専科」で取材したことがある。スウェットにジーンズという軽装で現われたチンペイさんは、“ダンセン(「男子専科」はそう呼ばれていた)みたいなオシャレな本にぼくなんかが登場していいのかな?”と笑っていた。
“オシャレは嫌いじゃないけど、とにかくお金が無くて着るものに気を配るなんて、ずっと余裕が無かったんです”とまず言った。
いや、オシャレの話はともかくとして、今日はチンペイさんの音楽観やアリスについて訊きたいとぼくは言った。これまで2000人以上のミュージシャン、音楽関係者にインタビューしたが、いつも必ず訊くのは、新人なら売れたら何をまずしたいか、売れた人には売れてすぐにしたことなどは毎回必ず質問してきた。売れたらしたい夢、売れて叫った夢は、そのミュージシャンの性格を知るのに役立つとぼくは思うのだ。
“売れて良かったことは、ようやくミュージシャンという職業に正式につけたことかな。でも、もっと嬉しかったのは引っ越しができて、好きな時間に洗濯ができるようになったことですね”
「室内に洗濯機を置ける身分」
好きな時間に洗濯ができる?いったいどういうことかその先を訊ねた。
“ひとりでいるのが好きなんです、特にオフの時には。で、 洗濯して干して乾かし、大陽の匂いのする洗濯物を畳むと何故か幸せな気分になるんですね。洗濯機がグルグル回っているのをじっと眺めているのも好きだし。だから売れてなかった時は暇さえあれば洗濯していたし、忙しくなってもオフの時は洗濯をしてます”
ぼくはチンペイさんがハミングでもしながら. 洗濯機が回るのを眺めている光景を頭に思い浮かべた。
“売れる前に住んでいたマンションは狭くて、洗濯機を置く場所が室内になくて、小さなベランダにしか置けなかったんですね。で、夜中とか朝早く洗濯機を回していると、お隣さんからうるさいと苦情が来るんです。あ~、 自分は好きな時に洗濯もできないのかって、何か悲しくなっちゃってね。ようやく売れて室内に洗濯機を置ける身分になって、何だか自分が少し偉くなった気がしましたね。今は好きな時に洗濯しまくってます(笑)”
“何でだろうと思うんだけど、回転しているのをじっと観てるのが好きなんです”