具材を熱湯、あるいはダシにくぐらせる「しゃぶしゃぶ」。老若男女に愛されている鍋だが、いつ、どこで、誰が始めたの?知らないことばかり。もっと好きになるために、「しゃぶしゃぶ」の歴史を追いかけてみた。
ドーナツ+エントツがしゃぶしゃぶのルーツ?
「しゃぶしゃぶ」。世の中にいろんな料理名があれど、これほど名が体を表した料理名はあるまい。熱した湯の中でじゃぶじゃぶ、しゃぶしゃぶ……肉を洗うように火入れする。名付け親は大阪の肉料理店「スエヒロ」2代目店主だったそうな。
なるほど。日本を代表する肉料理は天下の台所・大阪で生まれたのかあ。と納得しかけたところで、編集・武内がこんなことを言い出した。「しゃぶしゃぶって中国生まれの説があるんですよ」。
エェェッ!? ってことで神田駅ガード下の中華料理屋『味坊』にて、“中国のしゃぶしゃぶ”なるものを食べてみた。「シュワンヤンロウ」が、ソレ。調べると、「シュワン」はお湯や水ですすぐ、「羊肉(ヤンロウ)」はそのまま羊の肉という意味のようだ。
うーむ、牛や豚が羊になっただけで形式的にはかなり日本のしゃぶしゃぶに近そうだぞ。そして待つこと5分ほど。ドーナツの真ん中に煙突を生やしたような鍋が運ばれてきた!
なんだこれは、と中央の煙突を覗くと中には真っ赤な炭が入っている。その周りを囲むスープが炭火で熱される仕組みのようだ。ガスや電気を使わない鍋に驚きながらも、羊肉をスープですすぎ、まずはごまだれで食べててみる。あれっ!? 初めてなのに、なんだか懐かしい。コクのある羊肉を酸味のないごまだれがまろやかに包み込んでくれてよく合う。
なんだけど、どこか素朴で実家で食べたお湯だけのしゃぶしゃぶに似ている。ごまだれで食べるところも同じだ。なにより、この湯気の中でハフハフしながら食べる感覚。確かに、これは“しゃぶしゃぶ”だ。
シュワンヤンロウは中国東北部に位置する北京の名物料理。寒冷地である北京の人は、冬になるとこの鍋でおいしく暖をとる。
その発祥は諸説あるが、北方民族による元王朝時代に始まり清王朝時代に発展したと言われている。元も清王朝も北京が首都。清王朝時代には宮廷料理だったのが次第に首都庶民にも広まって、今じゃ北京名物になったというわけだ。
それを戦後に北京から引き揚げた医師が京都の料理屋「十二段家」に伝え、羊を牛に変えて「牛肉の水炊き」として売り出した。
「スエヒロ」の2代目は「十二段家」の店主と親交があった版画家・棟方志功づてに「牛肉の水炊き」を知り、「しゃぶしゃぶ」と名づけた。これが今に伝わる日本のしゃぶしゃぶの由来とされる。
清の皇帝が日本のしゃぶしゃぶを見たらなんと言うだろう。シュワンヤンロウの煙突鍋は真ん中に穴が空いた日本のしゃぶしゃぶ鍋に似てるし「その鍋、うちにもあるぞ!」とか?
羊や牛以外にも具材のバリエーションを広げる日本版のしゃぶしゃぶに驚くかもしれない。そんな思いを馳せながら、ハフハフ頬張る冬の夜である。
『味坊』
[住所]東京都千代田区鍛冶町2-11-2
[営業時間]11時~22時半LO、土は12時~、日・祝は12時~21時半LO
[休日]無休
[交通]JR山手線ほか神田駅北口から徒歩3分
撮影・文/藤沢緑彩
※2024年2月号発売時点の情報です。
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