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「道具」を使うのはうまいが、「機械」は苦手

しかし、私の電話嫌いは変わらない。

電話が鳴ると、とりあえず「バッカヤロー!」と叫び、空手チョップをくれる。

ところが3台並んでいると、しばしば空手チョップを入れまちがえてしまい、冤罪(えんざい)を蒙(こうむ)ったホームテレホンにすまんすまんとわびながら携帯電話をとったりする。こういうときの自分のアホさかげんには呆きれる。

電話中に他の電話が鳴ったときは、2分の1の確率であるから、たいていどちらかの見当はつく。博才(ばくさい)は文才にまさっており、ことに丁半バクチには強い。

ところが、「保留」というボタンの使い方がよくわからんので、後から鳴った電話についてはウムを言わさず切ることにしている。私あての電話が呼音ののちに突然プツリと切れる理由はこれである。他の電話を使用している間は、何度かけてもすぐにプツリと切れるが、べつに回線の故障ではない。

ちかごろようやく、電話機の機能というものを研究し始めた。

「リダイヤル」というボタンを押すと、何と今かけたばかりの相手に、自動的に通ずるではないか。あまりの便利さに深い感動を覚え、おふくろに3度たて続けにリダイヤルしたら、おまえどこか具合でも悪いんじゃないか、仕事のしすぎじゃないか、と言われた。そこでこの「リダイヤル」機能は、己れの精神状態に誤解を生じせしめる虞(おそ)れがあると気付き、以後セロテープで封印をした。

「フック」というボタンについては、まったく何だかわからず、辞書でひいても意味不明であった。受話器を手に取ってボタンを押しても、何の変化も感じられない。「フック」、つまり頭にきたら電話機の横ッツラを殴るより前に、このボタンを押せという防護機能かとも考えたが、どうやらそうではないらしい。

「短縮」という機能は知っている。何でも、前もってある設定をしておくと、長い電話番号を押さずに「※1」とかいうボタンだけで相手に通ずるのである。一応、まだ知らぬ人のために言っておく。

この機能もたしかにすぐれものだとは思うのだが、まだ応用した経験はない。

理由はちゃんとある。第一に「※1」から始まって出版各社の電話番号をそれぞれ入力するということは、おのずと「お取引先」の優先序列を決めることになるので、私にはできない。音羽屋さんも駿河屋さんも京橋屋さんも紀尾井屋さんも、原稿の多寡、もしくは原稿料の多寡に拘らず、みな等しい「お取引先」なのである。みなさんのお力をもって家まで建ったと思えば、私がそれぞれの序列を決めることなどできるはずはない。

第二の理由として、設定の方法がよくわからん。

要するに私は、機械というものが苦手なのである。手先は並はずれて器用で、小説家にならなければたぶん飾り職人とか料理人とかになっていたと思うから、「道具」を使うのはうまいのだが、「機械」だと思ったら最後、手も足も出なくなる。

ということは、電話を「機械」だとは思わず、「道具」だと思いこめばよいのであろうが、複雑な機能を考えるにつけ、どうしても「道具」だとは思えない。

では、生活を取り巻くあらゆるツールのうち、どれが「機械」でどれが「道具」なのかというと、これははっきりと決めている。つまり、「取扱説明書」の付いているものが「機械」で、付いていないものが「道具」なのである。取扱の難易にかかわらず、説明を要するシステムによって機能する「機械」に関してはまったく手が出ないのであるが、もっぱらカンとワザとで勝負する「道具」については、十分に使いこなす自信がある。

ところで、私は今をさかのぼること四半世紀前、自衛隊において「丙種陸上無線通信手」なる資格を取得した。

過ぎたることとはいえ、まことに快挙であったと言うほかはない。おそらく涙ぐましい努力を傾注したのではなかろうか。

不向きなことなので機械類の操作は何ひとつ覚えてはいないが、手旗だけは今でも上手に振れる。

(初出/週刊現代1996年12月7日号)

『勇気凛凛ルリの色』浅田次郎(講談社文庫)

浅田次郎

1951年東京生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。以降、『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年に第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞・第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞を受賞するなど数々の文学賞に輝く。また旺盛な執筆活動とその功績により、2015年に紫綬褒章を受章、2019年に第67回菊池寛賞を受賞している。他に『きんぴか』『プリズンホテル』『天切り松 闇がたり』『蒼穹の昴』のシリーズや『日輪の遺産』『憑神』『赤猫異聞』『一路』『神坐す山の物語』『ブラック オア ホワイト』『わが心のジェニファー』『おもかげ』『長く高い壁 The Great Wall』『大名倒産』『流人道中記』『兵諌』『母の待つ里』など多数の著書がある。

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おとなの週末Web編集部 今井
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