■空気中に溶けて消えていく音を鳴らすモノの宿命
ところで音楽の容れ物の変遷は、音楽の再生され方の変遷でもある。そして音楽の再生は、記録メディアの形状と、それを再生する機器と密接に関係する。つまり音楽の変遷は、オーディオ機器の変遷の歴史でもあるのだろう。
ターンテーブル、カセットデッキ、ラジカセ、CDプレーヤー、コンポ、ポータブルMD、MP3プレーヤーからパソコン、スマホへ。音楽を再生する機器もわずか60年あまりの間に、これほど移り変わったのだ。ここを読むあなたも、そのいくつかに深い思い入れのある機器があるにちがいない。そして私が勤める企業は、ころころと変遷してきたオーディオ機器のすべてを、その時々で多種多様に作ってきた。
社員しか見られないのが残念なのだが、社史のように、かつて製造してきた製品を画像でアーカイブする資料がある。そこを覗けば、音楽を再生する機器がいかにめまぐるしく移り変わってきたかがよくわかる。中にはヒップホップの名盤に登場したラジカセや、私が通学中に使っていたポータブルプレーヤーもあったりして、いまさらの所有欲や当時の思い出がよみがえり、いつも私は落ち着かないことになる。
それと同時に、私は微笑む。音楽が個人の思い出と濃密に結びつくのであれば、音楽を鳴らすモノだって、いたるところでだれかの記憶に登場しているにちがいないとうれしくなるのだ。音楽と記憶の間に、自社製品がある。自社製品が思い出のメディアになる。便利や苦労に結びつくモノは数あれど、音付きの思い出に結びつくモノはオーディオ製品以外にあまりないだろう。音楽の変遷すべてに関わってきたという事実は、メーカーにとって得がたいほどの光栄だと、私はしあわせに思う。
ラジカセも、コンポも、ポータブルプレーヤーも、オーディオ機器のそのほとんどは、すでに私たちの生活の場にいない。もう消えてしまった製品だ。だが消えたオーディオという事実が、そもそも空気中に溶けて消えていく音を鳴らすモノの宿命のように感じてしまうのは、私が音楽に肩入れする人生を送ってきたせいだろうか。音も、記憶も、いずれ消えてしまうという点で、もとより両者は相性がよかったのかもしれない。
文・山本隆博(シャープ公式Twitter(X)運用者)
テレビCMなどのマス広告を担当後、流れ流れてSNSへ。ときにゆるいと称されるツイートで、企業コミュニケーションと広告の新しいあり方を模索している。2018年東京コピーライターズクラブ新人賞、2021ACCブロンズ。2019年には『フォーブスジャパン』によるトップインフルエンサー50人に選ばれたことも。近著『スマホ片手に、しんどい夜に。』(講談社ビーシー)
まんが・松井雪子
漫画家、小説家。『スピカにおまかせ』(角川書店)、『家庭科のじかん』(祥伝社)、『犬と遊ぼ!』(講談社)、『イエロー』(講談社)、『肉と衣のあいだに神は宿る』(文藝春秋)、『ベストカー』(講談社ビーシー)にて「松井くるまりこ」名義で4コママンガ連載中