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「人間でも、自然でも、最後のお別れの言葉がいちばん美しい」

鹿児島県立図書館の中庭に刻まれた「感動は人生の窓を開く」は、子ども時代に出会った運命の書『ハイジ』から生まれた言葉だ。「死」が怖いという祖父に、小学6年の担任の先生が「生きることがどんなに美しいか分かったら、死がわかるかもしれない」と『ハイジ』を渡した。

自宅茶の間で 私と祖父

「人間でも、自然でも、最後のお別れの言葉がいちばん美しい。夕焼けは太陽のさようならのあいさつのしるし。だから、あんなに美しい」

アルプスを真っ赤に染める夕焼けについて、アルム爺さんがハイジに語る場面に心震わせ、はっとする。目の前の日本アルプスの山々も、本の中と同じように夕焼けていたからだ。こんな美しい世界に生きていたのか。祖父が生きるすばらしさと、身近な自然の美に目覚めた瞬間だった。

戦争という「死」が隣り合わせの中でも、常に「生」のきらめきへ目を向けられたのはこうした体験があったからだ。自然を見つめ続けてきた祖父は、経済優先になり自然破壊が進む社会にも早くから警鐘を鳴らしていた。環境問題を扱った絵本がまだ日本になかった50年以上前、ゴミ公害の絵本『におい山脈』も発表している。

晩年はよく、自然が失われると情緒もなくなる。昔から日本人の生活の中に自然があったが、生命感が薄らいで情緒欠乏症の時代になると未来を危惧していた。

現在、戦争や自然破壊と世界中が大きな不安に覆われ、心を暗くする悲しい事件も後を絶たない。こんな殺伐とした社会だからこそ、祖父の描いた物語世界を通して、力いっぱい生きる命のきらめきを体感することが必要ではないだろうか。未来を担う子どもたちへと祖父が祈りを込めたメッセージを今、考え直すべき時ではと思えてならない。

『特別企画展 椋鳩十生誕120周年記念「椋鳩十 それぞれの顔」』

『特別企画展 椋鳩十生誕120周年記念「椋鳩十 それぞれの顔」』 チラシ

2024年9月26日~10月28日まで、作家・椋鳩十の生誕120周年を記念した『特別企画展 椋鳩十生誕120周年記念「椋鳩十 それぞれの顔」が、「かごしま近代文学館文学ホール」(鹿児島市)で開催。孫の久保田里花さんの講演も、同施設メルヘンホールで10月20日に開かれる。火曜休館。

■椋鳩十(むく・はとじゅう)
児童文学者。本名は久保田彦穂(ひこほ)。明治38(1905)年、長野県下伊那郡喬木(たかぎ)村に生まれ、法政大学を卒業後、鹿児島で教員となる。初めて刊行した『山窩調』が発禁処分となるが、その後は数々の動物児童文学作品を世に出した。日本で初めて本格的な動物文学のジャンルを切り拓いた作家といわれ、「大造じいさんとガン」「片耳の大シカ」「マヤの一生」「カガミジシ」など不朽の名作を数多く残している。昭和22(1947)年から昭和31(1966)年まで鹿児島県立図書館長。昭和62(1987)年に82歳で死去。

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おとなの週末Web編集部
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