カキじいさん、世界へ行く!

これでは生物は育たない…宮城県、三陸の「カキ養殖家」が日本の川に落胆したワケ《フランス》とはこれだけ差があった

牡蠣のグリル

フランスの川の流域との違いに、わたしは落胆しました。それからは、森と里、川、海のつながりについて意識的に勉強し、調査をするようになりました。当時、山のことは林野庁、水田はの農林水産省と行政は縦割りで、どこに問い合わせても…

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カキが旨い季節がやってきた。ジューシーなカキフライ、セリがたっぷり入ったカキ鍋、カキご飯……。カキ漁師は、海で採れたてのカキの殻からナイフで身を剥いて、海で洗ってそのまま生で食べるのが好みだという。

そんなカキ漁師の旅の本が出版された。カキじいさん、世界へ行く!には、三陸の気仙沼湾のカキ養殖業・畠山重篤さんの海外遍歴が記されている。

「カキをもっと知りたい!」と願う畠山さんは不思議な縁に引き寄せられるように海外へ出かけていく。フランス、スペイン、アメリカ、中国、オーストラリア、ロシア……。

世界中の国々がこんなにもカキに魅せられていることに驚く。そして、それぞれの国のカキの食べ方も垂涎だ。これからあなたをカキの世界へ誘おう。連載第3回「じつは、フランスで「日本のカキ」が大絶賛を浴びているワケ…疫病の大ピンチを救った、三陸《宮城種》のスゴイ生命力」にひきつづき、フランスの河口から広葉樹の森を遡っていく。

どんな胸躍る出会いがあるのだろうか。

ボルドー南西のアルカション湾の強いカキ

次の訪問地は、フランス第2のカキ生産地、アルカション湾です。ボルドーの南西の大西洋岸にあり、全長3キロメートル近くもあるヨーロッパ最大の砂丘が広がっています。ここのカキ養殖法は、干潟に直接カキを蒔く地蒔き式で、海の畑はカキの連続です。驚いたことに、カキたちが泥を逃れるように、口先から空に向かって立とうとしているのです。

カトリーヌさんが説明してくれました。

「筏にカキをつるす養殖法だと、いつも海水に浸かっているから陸にあげると弱いですよね。厳しい環境で育つここのカキは、水揚げしてからも二週間くらい平気で生きています」

なるほどとは思うものの、この地のカキもルーツは日本。得意な気分は抜けません。

昼食会で出された、身のうすいカキを見て、うっかり、

「こんなのは気仙沼ではジャミッコといって、捨てていますよ」

と口を滑らせてしまいました。すかさずカトリーヌさんが反論します。

「フランスでは、日本のように太ったカキはブタのようだと軽蔑されるのよ」

文化の違いを尊重しないと痛い目にあうのです。

海を育てるロワール川流域の広葉樹大森林

このあたりから、旅の足取りは重くなりました。食文化ばかりでなく、海辺も日本と違うのです。特にロワール川が注ぐ、ブルターニュ地方の海辺の生物の多様性には驚きました。わたしが子どもの頃、海辺で遊んだ小動物が、うじゃうじゃいるのです。

フランスには「風景は絵である」という考え方があります。コンクリートの護岸はほとんどなく、海辺にはヤドカリ、イソギンチャク、カニなどの小さな生き物がたくさんいて、宮城種のカキもすくすく育っています。

さらに驚いたことは、川一面にシラスウナギ(ウナギの稚魚)が上流を目指して上っているのです。シベルと呼ばれるシラスウナギは、名物料理の「シラスウナギのパイ皮包み」となって、レストランで食べられているのです。

「川の環境がいいんだな」と、わたしは感じました。

そこで、海辺から内陸部に川をさかのぼってみたのです。すると、落葉広葉樹の大森林が広がっているではありませんか。

ロワール川流域のトゥール地方東部は広葉樹の大森林地帯で、ブロワの森、リュシーの森、アンボワーズの森、シノンの森といった大森林が広がっていて、それらの森からは10本以上の支流がロワール川にそそぎ込んで水郷地帯を形づくっています。そして、ロワール川はブルターニュ地方の海にそそいでいるのです。

「森は海の生物を育んでいる」

わたしは、フランスでそのことを確信したのです。

フランスの旅が「森は海の恋人運動」のヒントに

フランスから帰ると、気仙沼湾に注ぐ大川の流域に立ちました。自分の風土を見直そうと思ったのです。かつて河口はノリの養殖場で、春には潮干狩りを楽しむ人々で賑わっていました。その干潟は埋め立てられて水産加工場が並び、濃い口醤油のような色の排水が川を汚していました。悪臭もひどかったのです。川をさかのぼり、水田地帯に行くと、子どものころに目にしたドジョウやフナがいません。愕然としました。

隣の岩手県の室根村(現・一関市室根町)まで行くと、雑木林が減り、杉林が多くなっていることにも気づきました。そのころの日本では、安い外国産材の影響で、間伐されていない杉林が多く、そうした場所では枝と枝がぶつかりあい、光が入らずに暗いのです。下草は生えず、土がむき出しでした。これでは大雨が降ったら表土が崩れ、川も海も泥だらけになるはずです。

フランスの川の流域との違いに、わたしは落胆しました。それからは、森と里、川、海のつながりについて意識的に勉強し、調査をするようになりました。当時、山のことは林野庁、水田はの農林水産省と行政は縦割りで、どこに問い合わせても海と川と山を総合的に見る視点がなかったのです。

1981年(昭和56年)から、日本では「全国豊かな海づくり大会」が開催され、天皇皇后両陛下に稚魚を放流していただいています。しかし、放流しても、生き物の育つ川や海の環境を整えなければ育たないのではないでしょうか。疑問が膨らみます。

そこで、カキ養殖の名人たち「牡蠣師」に声をかけて話し合いました。ロワール川流域の落葉広葉樹の森の話をすると、こんな声が上がったのです。

「室根山に、漁師が植林したらどうだべ。海から見えるところに」

なるほど、と思いました。これが「森は海の恋人運動」のヒントになったのです。

…つづく「こんなうまいものがあるのか」…20歳の青年が、オホーツクの旅で《ホタテ貝の刺し身》に感動し始めた「意外な商売」では、かきじいさんが青年だったころのお話にさかのぼります。

連載カキじいさん、世界へ行く!第4回
構成/高木香織

●プロフィール
畠山重篤(はたけやま・しげあつ)

1943年、中国・上海生まれ。宮城県でカキ・ホタテの養殖業を営む。「牡蠣の森を慕う会」代表。1989年より「海は森の恋人」を合い言葉に植林活動を続ける。一方、子どもたちを海に招き、体験学習を行っている。『漁師さんの森づくり』(講談社)で小学館児童出版文化賞・産経児童出版文化賞JR賞、『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞、『鉄は魔法つかい:命と地球をはぐくむ「鉄」物語』(小学館)で産経児童出版文化賞産経新聞社賞を受賞。その他の著書に『森は海の恋人』(北斗出版)、『リアスの海辺から』『牡蠣礼讃』(ともに文藝春秋)などがある。

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