高山植物が狂い咲く理由
ともかく私は尻っぽいかもしれない山頂を踏んで下り、途中で振り返ってみたが、すべては霧の中でわからなかった。景色は悪いものの足元を見ると山道の両側に白い花が群れをなして咲いていた。その先には黄色の花も、さらに赤、紫、ピンクと花が揺れている。
椿越峠へ向かう樹林帯でも花は途切れるどころか、どんどん増える。出発から約1時間半、青い粘土質の地層がある「アオネバ十字路」と呼ばれる地点にたどり着くと、そこはまさに雲上の楽園! 色とりどりの花が狂ったように乱れ咲き、あたり一面、高山植物が大フィーバーだ。日本中の山を登ってきたけれど、こんなにたくさんの花を一度に見たことはない。
まるでアカデミー賞のレッドカーペットを歩く女優たちのよう。色とりどりの花が自分の美しさを誇示している。こっちの白い花は爽やかな新人女優さん、あのド派手な赤い花はベテランのオスカー女優だろうか。風で花が揺れるとオスカー女優が新人女優をつつき始めた。
「佐渡が花の島と呼ばれるのは、本当だなあ」とカメラのシャッターをバシャバシャ切った。しかし、なぜこんなにも密に咲いているのか。
北緯38度線上の秘密
調べたところ、佐渡の山に花が咲き狂う理由は3つあった。
第1に佐渡は北緯38度線上にあること。
38度? と首を傾げたが、北緯38度付近には、暖帯(亜熱帯・温帯)と温帯(冷温帯・亜寒帯)の境界があり、そこを境にして北と南で咲く花や育つ木が変わるのだという。学校で習った記憶が全くないが、私が忘れっぽいだけだろう。
南北の境にある佐渡は、南方系と北方系の植物がダブルで混在しており、その数1700種類に及ぶのだとか。ちなみに佐渡以外だと山形県酒田市や宮城県仙台市、福島の相馬市も北緯38度線上にあるので、街とはいえこの辺りも植物の種類が多いのかもしれない。
花V.S.熊!?
第2の理由が、熊を含む鹿や猪などの大型動物がいないこと。佐渡には飼われている牛などを除き、山にはタヌキ以上の大きさの動物は生息していないらしい。
登山中は突風に崖、雷に落石と怖いものがいろいろあるが、私にとって一番、怖いのが熊だ。絶景や高山植物は見たいけれど、関東甲信越の山は常に「熊キケン!」とセットである。ゆえにいつもは腰に熊スプレーと、ザックにでかい熊鈴を2個もつけて歩いているが、今回はありがたく家に置いてきた。
さて佐渡には熊がいないことはわかったけど、それがどうして花の狂い咲きに関係するのか? と思われた人もいるだろう。
私も山登りをするまでは、「熊といえばハチミツとシャケとどんぐり」という実に適当なイメージがあった(シャケをくわえた熊の木彫りとディズニーのプーさんの影響かもしれないが)。それが更新されたのは学生時代、北アルプスの山小屋でバイトをしていた時。「熊がいたー!」と駆け込んできたお客さんが、「熊たちが俺より花に夢中でむしゃむしゃ食べていて助かった」と話すのを聞いて、以来、私は「熊のごちそう」である高山植物を見つけたら、どこかに熊が潜んでいるかもしれないと警戒するようになった。
けれど、この佐渡では、いくら時間をかけて美しい花畑を撮っていても熊は現れないので、花好きな人には安全・安心、二重の意味で天国だろう。



