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ワインを飲むと具合が悪くなる人がいる。二日酔いの話をしているのでない。「ワイン不耐症」と呼ばれる体質のことだ。その症状は、頭痛、吐き気、発疹、顔面紅潮など。中には赤ワインを飲んだ時に限ってこのような症状が出るという人もいる。人口の7〜8%の人(未成年者を含む)がこの不耐症だと言うのだから、ものすごい数だ。

ワインを飲むと具合が悪くなる “容疑者”は酸化防止剤(亜硫酸塩)?

この話題が出るたびに、その容疑者として挙げられるのが酸化防止剤として知られる亜硫酸塩だ。ワインの裏ラベルに「酸化防止剤(亜硫酸塩)含有」と記されているのを見たことがあるだろう(僕の尊敬する同業者T氏はテイスティングでワインの中に含まれる亜硫酸塩の分量を言い当てるのを特技としているが、僕には到底無理だ‥‥)。

「私、化学物質や人工的な添加物に敏感なの。だから、ワインを飲むときは亜硫酸無添加のナチュラル・ワインしか飲まないのよ」という物言いをよく耳にする。が、どうやらそういうことではないらしいというレポートが発表された

人口の7〜8%の割合でワイン不耐症の人がいるという

マスターオブワインが発表した研究論文

世界にたった418 人しかいないマスターオブワイン(この資格を取得すると、名前の後ろに略号の“MW”を付けて呼ばれる)。

ワイン業界最高峰のこの資格を今年2月にめでたく取得したニュージーランド人、ソフィー・パーカー=トムソンMWが、他でもないマスターオブワイン最終試験で提出する研究論文のテーマに選んだのが、「二酸化硫黄の使用とワイン中の生体アミン濃度との関係」だった(二酸化硫黄〈SO2〉を含む防腐剤の総称が亜硫酸塩。二酸化硫黄は気体。これを水に溶かし、中和した際に生成される塩が亜硫酸塩である)。

この論文について述べたジャンシス・ロビンソン氏の記事の骨子をかいつまみ、尚且つ、僕なりの説明を少々加えて紹介すると──。

赤ワインが特にダメだという人も

“真犯人”は亜硫酸塩ではなく「生体アミン」

亜硫酸塩は、ワインを含む加工食品の多くに使用され、有害なバクテリアを抑制し、食品や飲料の褐変(茶色く変色すること)を防ぐ働きをしている。1970年代後半から80年代の前半にかけて、サラダバーや青果売り場の野菜やフルーツに亜硫酸塩の過剰な使用が行われ、一部の喘息患者に重篤な反応が出たことで問題となり、飲食物のラベルに「亜硫酸塩含有」の表示がなされるようになった。

以来、亜硫酸塩は悪者扱いされ、ワイン生産者の中には「亜硫酸無添加」を売りにする人が出てきた。だが実際には、SO2は多くの食物──ブロッコリーや卵など──の中に自然に存在するもので、微妙ながらワインの醸造中にも発生するものだし、ワイン造りにおける亜硫酸塩の使用量は近年劇的に減ってきている。パーカー=トムソンMWの研究によると、ワインに亜硫酸が含まれていないと、それが含まれているものよりも健康に悪い可能性がある

重度の喘息を持つ人は、深刻な呼吸器系のトラブルを避けるために、亜硫酸塩を含む飲食物を避けた方が良いのは間違いない。しかし、ワインを飲むと冒頭で述べたような症状が出ると言う人は、亜硫酸塩にその原因を押し付けることはできなさそうだ。すなわち、ワイン不耐症の原因は亜硫酸塩ではなく、生体アミンと呼ばれる化合物である。中でも最もよく知られ、一番毒性の強いのがヒスタミンだ。他にもプトレスシン、カダベリンがある。生体アミンは特定のバクテリアによって生成されるが、抗菌作用のあるSO2が少ない環境だと、バクテリアにとっては繁殖パラダイスになってしまう

SO2は白ワインにむしろ多く含まれる

つまり“真犯人”はヒスタミンなどの生体アミンであるというのがこの論文の結論であり、パーカー=トンプソンMWは、いわゆる「自然派」に分類されるワインの中にこそ、ワイン不耐症を引き起こすものがある可能性が高いと言っているのだ。

彼女の調査によると、ワインの醸造工程中、アルコール発酵前に少量の亜硫酸塩を添加すると、製品になった時の生体アミンは問題にならぬほど少なくて済む。一方、亜硫酸塩無添加か、醸造工程の後半になってからそれを添加したワインは、生体アミン濃度が高くなり、その値は、生体アミン過敏症の人に確実に反応を引き起こすレベルであるという。

ワインのつまみにも注意が必要

実はワインのつまみの中にも、生体アミンを多く含むものがあって──ゴルゴンゾーラなどのカビ系チーズ、サラミなどの加工肉、ザワークラフトなど──過敏な人はこれらにも注意をした方が良さそうだ。

生体アミンに敏感な人は、加工肉や発酵食品にも要注意

僕自身の経験から言うと、「亜硫酸塩無添加」を売りにした自然派ワインを飲んで、ひどく体調が悪くなったことはない。(きっと、僕はたまたま体質的に生体アミンに対する感受性が高くないのかもしれない)が、何ごとにも極端な信頼を置くのは危険だと常々感じていたので、今回紹介したレポートと出会って、ほうらねとほくそ笑んだことは告白しておく。

「自然派」には「信者」が多い。「信者」はとかく過激化しやすく、物事を単純に「あっち側か、こっち側か」に二分化して考えやすい。何事につけても俯瞰して冷静に眺めることが肝要である、とワインが教えてくれている。

ワインの海は深く広い‥‥。

(出典:jancisrobinson.com)

Photos by Yasuyuki Ukita

浮田泰幸

うきた・やすゆき。ワイン・ジャーナリスト/ライター。広く国内外を取材し、雑誌・新聞・ウェブサイト等に寄稿。これまでに訪問したワイナリーは600軒以上に及ぶ。世界のワイン産地の魅力を多角的に紹介するトーク・イベント「wine&trip」を主催。著書に『憧れのボルドーへ』(AERA Mook)等がある。

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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