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9月中旬、東京・目黒の祐天寺前にちょっと異色のフード&リカーショップがオープンした。「Longfellows TOKYO」は、大阪でオーストラリアやニュージーランドのワイン、ハードリカー、食材の輸入業を営む唄淳二(ばい・しゅんじ)さんが「自分が本当においしいと思うものを売る」食のセレクトショップだ。

唄淳二さん(左)と、娘で店長の唄静恵さん

「Longfellows TOKYO」が推す豪州タスマニアの産物

中でも唄さんが強力にプッシュしているのがオーストラリア・タスマニアの産物──ワイン、クラフトジン、マスタード、レザーウッドハニー、タスマニアサーモンなど。オーストラリア大陸の南に浮かぶタスマニア島は、マイルドな気候と、空気や水がきれいなことで知られる。

マスタード、ハニー、スロー・ペーストなどタスマニアの珍しい食材が。「Longfellows TOKYO」のインスタアカウントは、@longfellowstokyo

地球儀でタスマニアを見つけたら、東西方向に地球をぐるりと回してみてほしい。南米大陸の南の方とニュージランドの島々以外、同緯度帯には陸地がないのがわかるだろう

この地域の大気は主に東西方向に動く。タスマニアに吹く風は工業地帯も大都市も通らずにやって来るからクリーンというわけだ。

唄さんの店で扱われている食材のほか、牡蠣やグラスフェッドの牛肉や羊肉も高級食材として知られ、シドニーのトップレストランのメニューには必ずと言っていいほど頻繁に「タスマニア産」と銘打った食材を使った料理が載る。

仏ブルゴーニュで磨かれたワイン造り

「Longfellows TOKYO」のワイン棚で懐かしいラベルと再開した。

〈アプスレー・ゴージュ〉はタスマニア島東海岸にあり、いわゆるブルゴーニュ品種(ピノノワール、シャルドネ)から素晴らしいワインを造る生産者だ。

「アプスレー・ゴージュ ピノ・ノワール2107」(左)と「アプスレー・ゴージュ シャルドネ2015」

僕は2014年にこのワイナリーを訪ねたことがあるが、様々な点でユニークで、ワインの味わいと共に強く記憶に残っている。

アワビ漁の漁師をしていたブライアン・フランクリン氏が海辺の土地にピノノワールとシャルドネを植えたのは1990年代初頭のこと。最初の収穫は93年だ。

フランクリン氏のワイン造りは、フランス・ブルゴーニュのフィリップ・シャルロパン氏のところで磨かれたもの。シャルロパン氏は“ワイン造りの神様”の異名をとる故アンリ・ジャイエ氏の愛弟子で、彼自身、モダン・スタイルのブルゴーニュを代表する造り手の一人という人物である

ブライアン・フランクリン氏

ロブスターを茹でていた釜をワインの醸造タンクに再利用

〈アプスレイ・ゴージュ〉は海に迫り出す岩場の上に立っていた。建物の外壁にはロブスターを捕るカゴ状の罠が飾られている。聞けば、元々は甲殻類を加工する施設だったそうだ。

醸造所内でフランクリン氏が最初に見せてくれたのは、赤い配管を巡らせ床に埋め込まれるようにして据えられたステンレス槽だった。「以前はエビ・カニを茹でていた釜ですよ。今はワインの醸造タンクとして再利用しています」と元漁師が平然とした面持ちで教えてくれた。

噂の釜。他に一般的なステンレス槽も利用している

常識を打ち破る海沿いの上質なワイン

ブドウ畑は醸造所から数百メートル離れた、やはり海岸線沿いの平坦な土地に開かれていた。世界のワイン産地を俯瞰しても、これほど海の間近にブドウが植えられているところは極めて珍しい

一つには、一般的に良質のブドウを育てるには成熟期の昼夜の寒暖差が必要だという事情がある。内陸部や山間部と比べ、海沿いの土地は気温の上がり下がりが緩やかで、寒暖差が少ない。さらには塩害など海に近いことがもたらす悪影響は容易に想像がつくだろう

(しかし、この「常識」を打ち破るようにして、海沿いの土地から上質なワインを生み出す産地もなくはない。スペイン北部のリアス・バイシャスはアルバリーニョというブドウから秀逸な白ワインができる産地だが、波打ち際から5mほどのところにブドウ木が植えられていたりして、客人は目を疑う。日本でこのアルバリーニョを植えているのが「新潟ワイン・コースト」としてここ10年ほどの間に見事に産地形成した感のある新潟・日本海沿岸のエリア。〈フェルミエ〉〈カーブドッチ・ワイナリー〉といったワイナリーがすでに高品質のワインを生み出している。 アメリカ・ニューヨークのロングアイランドも躍進めざましいワイン産地だし、イタリア・ヴェネチアのラグーナ(潟)に浮かぶフラットな島で個性豊かなワインを造っている生産者もいる)

ユーカリの林を背に広がるブドウ畑。この右手にすぐ海が広がる

「なぜここだったのか?」の問いかけに、答えは……

なぜここだったのか? という問いに対するフランクリン氏の答えは、「ブルゴーニュ品種にとって理想的な土地だったから」といたってシンプル。フランクリン氏には饒舌とは反対の、漁師気質ともいうべきぶっきらぼうさがあった。こちらで勝手に補足するなら、この土地がいかにも冷涼であること、水捌けの良い土壌であることが彼の「理想」に寄与した部分はありそうだ。

Let the wine talk! (ワイン自体に語らせよ!)

飲んでみると、フランクリン氏のワインは白も赤も程よい果実味と独特のコクを併せ持つ。ヨード香と表現される磯の香りを思わせるトーンも特徴的である。確かにブルゴーニュのワインを彷彿とさせるけれど、ブルゴーニュとはまた違ったこの土地固有の地味(ちみ)を感じさせる

現在フランクリン氏はアプスレー・ゴージュでのワイン造りに加え、シャルロパン氏の息子のヤン・シャルロパン氏と共にブルゴーニュでもワイン造りを行っている。オーストラリアの良質なワインに触れるたびに、その背後にある「自由」を感じる。元漁師が元水産物加工場でロブスターを茹でる釜を用いて、ブルゴーニュスタイルのワインを造っているのだ。ヨーロッパで家業として代々ワイン造りをしているような生産者とは文字通り、地球の反対側的に異なるバックグラウンドだと言わざるを得まい。

ワインの海は深く広い‥‥。

Photos by Hiromichi Kataoka, Yasuyuki Ukita

ワイナリーの敷地内で営巣中のペンギン

浮田泰幸

うきた・やすゆき。ワイン・ジャーナリスト/ライター。広く国内外を取材し、雑誌・新聞・ウェブサイト等に寄稿。これまでに訪問したワイナリーは600軒以上に及ぶ。世界のワイン産地の魅力を多角的に紹介するトーク・イベント「wine&trip」を主催。著書に『憧れのボルドーへ』(AERA Mook)等がある。

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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