ホームでかき込む一杯に、飲んだ後の一杯。旅先で食べる麺は、なぜ強く印象に残るのか。あのほっこり、しみじみとする味わい。筆者の場合、その記憶はいつも鉄道の旅とある。あのホッとする味と、人々の笑顔に出会いに。今回はローカルな鉄道を乗り継いで、西九州をゆるり、ゆらゆらと旅してみた。1日目は、福岡県門司港駅からスタートです。
昼は甘い醤油に、夜は酒場の空気に癒されて
「海外に行けないなら、もうひとつの趣味“乗り鉄”を極めよう」。私が初めて九州を鈍行列車で巡ったのが、2020年のコロナ禍の夏。行き先を九州に決めたのは、海岸線のギリギリ、また山の奥にまで線路が延び、今も生活の足として利用される路線が多いからだ。
鉄道に乗るだけで自然の絶景が眺められ、住む人の日常も垣間見られる。私はすっかり九州の風土と人に魅せられ、ここ2年で何度か訪れては鉄道の旅を重ねている。
そしてその道中で出会ったのが、東京では味わえない魅力的な麺の数々。博多ラーメンや長崎ちゃんぽんだけでない九州の麺文化の多様性に触れ、食いしん坊の私は、さらにこの地が愛おしくなった。そんな美味なる麺を目指して、今回の鉄道旅では、福岡・佐賀・長崎・熊本を訪れる。とはいえ、麺はあくまでも建前。途中、ちゃっかり酒場で酩酊しつつ、ゆる〜く、ゆるりと西九州を巡っていく。
その3泊4日の旅は、古来より九州の玄関口だった福岡県北九州市の門司港駅から始まる。100年以上前に建てられたネオルネサンス様式の駅舎はレトロな造りで、”鉄ちゃん”でなくともテンションが上がるはず。
この鹿児島本線の始発駅から目指すのが、博多だ。途中、小倉駅で降りて構内の立ち食いうどん『北九州駅弁当 ぷらっとぴっと』へ。ここは九州の甘い醤油で煮た鶏肉と、つゆの味が身体にしみる「かしわうどん」を楽しみに毎回立ち寄る場所だ。柔らかなうどんの歯触りに「あっ、九州に来たんだ」と実感する。
この後、今もホームで駅弁の立ち売りが働く折尾駅に電車で向かうも、どのホームにもいない…。「ごめんね、(立ち売りの)小南さん、昼休み中なの」。『東筑軒(とうちくけん)折尾駅うどん店』の年配の女性スタッフが言う。旅の記念に立ち売りから「かしわめし」を買いたかったのに。これは失敗したか…。「大丈夫、ここでも買えます。私から買っても味は同じですよ〜」。満面の笑みで女性が言う。
「そりゃそうだ」と思い直して、購入すれば、「暑いから、お冷を飲んでゆっくりしていってくださいね」。その気遣いが心に染みる。折尾から博多へ向かう特急「ソニック」で、その「かしわめし」を頬張れば、そぼろの甘みにほっこりする。「九州の醤油って、癒されるよな〜」と感じてボーッとしていたら、いつの間にか特急は博多駅のホームに滑り込んでいる。
博多駅前の『元祖ぴかいち 本店』は、私に九州の麺文化の奥深さを教えてくれた店。名物「博多皿うどん」に遭遇し、未知なる扉を開いた気がした。あれ、あんかけ&パリパリ麺じゃない⁉︎このもちもち食感の麺、倍速に美味しさが増していく。混乱とともに、ひどく感激したのを覚えている。
「自家製のちゃんぽん麺は、あらかじめ中華鍋で焼いて”焼き麺”にして具材と炒めます。仕上げに鶏ガラとアサリのスープを合わせると、麺がだしをよく吸うんです」と、店長の森山尚さん。私を九州の麺の旅へと誘った、この皿うどんを平らげて、陽が傾き始めた街に繰り出してみる。
今回の旅では必ず”うどん居酒屋”に行きたかった。飲んだ後に移動せずとも本格うどんが食べられる。飲兵衛に最高だからだ。
ここ『宇どんヤ かまわん』は、入店してすぐ、いい店とわかる。柔和な笑顔の店長・入江さんと常連が醸す、穏やかでゆる〜い空気が、一見にも心地いい。「うどん屋なのに餃子の皮作りに凝って、腱鞘炎になりました(笑)」。
自家製焼き餃子 500円
入江さん自慢の「自家製焼き餃子」は、一口餃子より少し大きい絶妙なサイズで、肉餡の旨みが酒を進める。「マグロニラ醤油」「牛すじ煮込み」へと繋ぎ、福岡の地酒を楽しんでいたら…。なんと3時間以上が経過!これは、そろそろお暇(いとま)だ。
うどんは、地元産小麦100%使用の讃岐風。最近の福岡では、もちもち食感も人気なのだ。しっかり噛むと、ふわっと小麦の香り。その匂いに胃袋だけでなく、心も満たされるから不思議だ。
最後は若者の街・大名で深夜まで賑わう『シタデル』へ。ここは創作意欲あふれる自家製酒と、実験的なカクテルで、すでに県外に多くのファンを持つバーだ。おおいに飲み、オーナーバーテンダーの小原さんと語った夜だった。