表を歩くのがなんとも気持ちいい。東京のおすすめのお散歩コースはズバリ「庭園」です。今回は浜離宮恩賜庭園をご案内。日頃から庭園めぐりにいそしむ『おとなの週末』ライター渡辺高が独自の視点でご紹介します。
『浜離宮恩賜庭園』 @築地市場 江戸時代の粋人たちの遊び心が詰まった大名庭園の雄
庭園めぐりは、最も幸せな休日の過ごし方と言っていい。庭園に行かない理由を教えてほしいくらいだ。アミューズメント施設に比べたらそりゃ地味だけど、実は庭こそ贅沢の極み。莫大なお金と途方もない年月をかけて造られた美しい庭を、わずか数百円の入園料で(もしくは無料で!)のんびり楽しめるのだから。
単にそぞろ歩くだけでも気持ちがいいが、オススメは誰かになりきってかつての庭の持ち主を訪ねたつもりで過ごす、RPG(ロールプレーイングゲーム)庭園めぐりだ。大名庭園の傑作の一庭、『浜離宮恩賜庭園』(以下、浜離宮)なんかは最高の舞台だ。
浜離宮の歴史は370年前にさかのぼる。徳川将軍家の鷹狩場だった芦原っぱに、四代将軍家綱の弟で甲府宰相の松平綱重が海を埋め立てて別邸を建てたのが、庭園としての始まりだ。その綱重の子・綱豊が六代将軍になると、屋敷は将軍家の別邸「浜御殿」となり、造園と改修が重ねられていったという。
十一代将軍家斉の時代、つまり1800年前後に庭園はほぼ現在のような様相になったとされる。
入園口で職員の方からチケットを購入し、心の中では「たのもう!」と威勢よく挨拶した。私は徳川家主催のパーティに何かの手違いで招待されてしまった一介の田舎侍。先祖は奥州・二本松藩の下級藩士だったらしいから、こんな妄想も許してほしい。
門をくぐると、そこは江戸でも特にイケてる最先端の庭だ。流行りの海水を導き入れた内堀は海から船での乗り入れも可能。こんなの地元では見たことがないですぞ。今なら個人用ヘリポートのようなものかもしれない。
端正な石積みで縁取られた池は、潮の満ち引きによって情景を多彩に変えるのが斬新。すごいなあ、うちの地元じゃ無理、だって海遠いもん。
泳いでいるのは、あれ?鯉じゃないよ。黒鯛ですと!あの昆布〆で旨い高級魚ですか。しかもなんと、かつては釣りもOKだったとか(江戸時代はね)。自宅の敷地で黒鯛釣りを楽しめるようにするなんて、もう発想が豪快すぎ!
潮入の池の周りの美しい眺望を楽しめる場所には、接客のための御茶屋が4棟建てられている。パーティのメイン会場となっているのはひときわ立派な水上コテージ、「中島の御茶屋」だ。
宴もたけなわ、各地から集まったパリピたちが、鼓がポンポン響く中、白酒をすすり、連歌に興じている(ような姿が私には見える)。今で言えば、クラブみたいな空間だろう、多分。
激しいDJ プレイに気圧され、都会人のノリに馴染めない私は御茶屋をこっそり抜け出し、汐風を浴びながら気の向くままに散策する。
品良く配置されたクロマツやケヤキを愛でながら歩いていると、馬術の練習スペースである「馬場」に出た。
当時はドイツから招聘した調教師を雇っていたそうで、さぞかし上等な馬も揃っていただろう。現代ならフェラーリやポルシェがずらりと並んだガレージのようなものだ。……今は何にもない馬場跡でそこはかとない劣等感に浸れるくらいに、今日の妄想は調子がいい。
驚いたのは園内に2か所ある広大な「鴨場」だ。水鳥が好む池と、そこに隣接して簡易的な小屋が造られている。
小屋の小覗(このぞき)から池の鴨の様子を窺いながら、おとりのアヒルで誘い出し、鷹や網を使って鴨を狩るという。何それ、家の中でしていい遊びなの?スケールが違うよ、さすが徳川家。
お花畑には菜の花が黄色い絨毯を作っている。こんなビル群の中の庭園にもミツバチが集まっているとは驚き。2006年から銀座のビルの屋上で飼われているミツバチたちが、この浜離宮や皇居、日比谷公園などで蜜を集めていると推定されているそうだ。急に現代モードですみません。
浜離宮を都会のオアシスだと愛するのは人間だけではない。虫たちも、鳥たちも同じなのだ。こんなピュアな思いに耽ってしまうのも、庭園の心の浄化作用のおかげだろう。
母上、お江戸はもう春です。浜離宮の花はかぐわしく、そこに集う人々は洗練の香りを漂わせていました。築地で佃煮を買って帰ります。浜離宮を心ゆくまで堪能した私は、「しからばごめん」と門を出た。
[住所]東京都中央区浜離宮庭園1-1
[電話]03-3541-0200 浜離宮恩賜庭園サービスセンター
[営業時間]9時〜17時(最終入園は16時半)
[休日]年末年始
[交通]大手門口:都営大江戸線汐留駅・築地市場駅、ゆりかもめ汐留駅から共に徒歩7分
撮影/松田麻樹、取材/渡辺高
※2024年5月号発売時点の情報です。
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