中世には貴族が流された絶望の「流刑の地」として、江戸時代には欲望が渦巻く世界最大級の金山としてその名を歴史に轟かせた佐渡島。独特の文化や自然が残る日本海最大の離島を、文豪・太宰治は、小説で「死ぬほど淋しい」と綴ったけれど実際どうなのか? 長年の謎に答えを出すべく北から南まで6日間かけて一周しました。
前回(第4回目)の花が咲き狂い悪魔風が吹く大佐渡山地縦走(前編)に続き、第5話では「佐渡のマチュピチュ」と勝手ながら名付けた不思議な金北山山頂を巡る後編をお送りします。
冬の道と夏の道 行けば分かるさ?
花の狂い咲きからの悪魔風を乗り越えて、大佐渡山地縦走の変化に富んだ山旅もいよいよ後半に突入した。
樹林帯に入ると、あの突風は何だったのだろうと思うほど穏やかな道が続き、さらに木漏れ日まで射して、私はこのまま余裕で山頂へと行けるのではないかと浮かれながら進んでいった。
すると道が二手に分かれて、「夏の道」と「冬の道」と書かれた矢印が見えた。登山道では時々、季節に応じて通る道が変わることがある。うっかり選択を誤ると泣く泣く引き返すことになる。
地図を見ると、「夏の道」は池のそばを通るが、これまでの道でも残雪がところどころあったので、念の為に「冬の道」を行くことにした。そこへ女性二人組が追い付いて「私たちは夏の道を行ってみるわ。また山頂でね」と去って行った。
夏の道に去っていく彼女たちの背中を見て迷った。きっと池は綺麗だろうな。でももし池の周りがまだ雪だらけなら、うっかり踏み抜いて最悪、池に落ちてしまうかもしれない。一方、冬の道を選んだとして雪がある時は難なく登れる道でも、もし雪が溶けていたら岩だらけで歩きづらいかもしれない。
行手をはばむ雪の壁
さてどうするか。散々ぐるぐると迷った末、「迷わず行けよ、行けばわかるさ……いや、でもいざとなったら引き返そう」としばらく歩くと、高さ4、5mほどはありそうな雪の白い壁が目の前にドドン! 早速の試練に「ヒィイ!」と思わず声が出た。しかも中途半端に溶けた雪から薮が突き出て登る前から威嚇するし、足をかければ滑りそう。
この雪の壁を前にして突然、スマホがピロピロと鳴って飛び上がった。普段は知らない番号なら詐欺を疑って警戒するのだが、動揺に動揺が重なると、もうオレオレとかロマンス詐欺とか飛び越えて思わずスマホを耳に当てた。
すると知らない男性の声で「あづささ~ん!」。謎の下の名前呼び! 誰!? スマホを落としそうになったが、なんと佐渡トレッキング協議会の会長さんからであった。
実は昨日、両津港にある事務所(観光協会の事務所と同じ場所)に登山届を出しがてら、どれだけ残雪があるかルートの危険情報を聞きに行ったところ、ちょうどガイドのため山に入っていてお会いできなかった。それでわざわざ心配して電話をくださったのだという。
「どうですかー?」
「すみません、佐渡の山を舐めてました! 風がものすごく強くて雪がどっさりで苦戦中です」
「ははは! 花、咲いていたでしょう?」
「はい、花は綺麗でした。しかし雪が……」
「よかった! じゃあ、ハイキング、楽しんできて~」
温かな笑い声と共に電話が切れた。佐渡の人はめちゃくちゃ親切だ。しかし、ひとつ訂正したいのは、屈強な佐渡人にとって気軽でゆるいハイキングでも、そこそこ大変な登山の心積もりで来たほうがいい山だった。
一昨日、出会った70代くらいのお父さんたちも「今はバスで上まで行けるから全然、楽っちゃ。昔の佐渡の小学生なんて遠足で麓から地下足袋で登っていたからさ。明日、登る? なーんも問題ないよ~」と余裕の表情で送り出してくれたのだが、佐渡人の山偏差値の高さを思い知ってうなだれた。



