「新蕎麦あります」の看板に惹かれ暖簾をくぐれば、香り高くみずみずしい味わいが迎えてくれるこの季節。理想の蕎麦を追求する店主の情熱とこだわりを、直球で受け止めるなら何はともあれせいろに限るだろう。普段は取材拒否の名店から住宅街の隠れ家まで、すべて本誌初登場の極みのせいろ、とくとご堪能ください。
画像ギャラリー撮影/大西尚明、西㟢進也(丹凛、美月、木の花)、谷内敬樹(汐見) 取材/肥田木奈々
江戸流手打ち蕎麦 そばこころ蕎心(最寄駅:根津駅)
丹精込めた至極の味わいから 蕎麦への情熱があふれ出る
『江戸流手打ち蕎麦 そばこころ蕎心』の店主浅見さんは、幼い頃から職人を志し、「池の端藪蕎麦」で基礎を、「神田まつや」で手打ちの技を、さらには包丁技術や製粉も学んで独自のスタイルを追求し、満を持して独立した。
蕎麦は季節で産地を選び、現在は群馬や茨城など4種をブレンド。各地の特長を引き出すよう粗挽きや微粉と挽き方を変え、4つの個性をひとつの味にまとめて九一で打つ。細く長く、しなやかなコシの中に秘めた力強さは素晴らしく、滋味深い鴨汁で味わえばこの上ない旨さ。
肉厚の鴨は客に合わせて食べやすく盛り付けるなど常に心遣いも忘れない。店名そのまま、蕎麦と客への真心があふれる店だ。
手打ち蕎麦切り 匠(最寄駅:秋葉原駅)
噛み締めるごとにふわっと広がる十割の旨みと香り
『手打ち蕎麦切り 匠』では特に食感にこだわるという。蕎麦は契約農家から仕入れる「常陸秋そば」を石臼挽きで自家製粉し、丸抜きを微粉で挽く「ざる」と、玄蕎麦を使う「田舎」の2種を十割で提供。加水や粉の温度にも細心の注意を払う店主渾身の逸品だ。
さらにこの店では江戸前中心の穴子と才巻エビの天ぷらもぜひ味わってほしい。店内の生け簀から注文ごとに取り出して調理するそれはサクッとふっくら、専門店顔負けの技に惚れる。一つひとつ揚げたてを供してくれる特別感にも、うれしさがこみ上げる。
才巻海老と穴子天 1600円
活〆の穴子と才巻エビは新鮮そのもの。太白ごま油とノンシリコンのコーン油をブレンドし、薄衣でサクッと揚げる
手打ちそば 膳(最寄駅:九段下駅)
開店2年の実力派実直な店主の確かな腕に歓喜する
『手打ちそば 膳』の十割で打つ蕎麦は基本的に細打ち。けれど店内の石臼で挽くその日の粉の状態によって若干太めにしたり、あえて客が気付くか気付かないぐらいの微妙な変化を付けるという店主の遊び心も楽しい。
とりわけ「神経を遣う」と語るのはもり用のつゆの合わせ。本節と亀節で仕込むダシの味の奥行き具合でかえしとみりんの量を変えるため、自らの舌の感覚で調整するその時は緊張が走るそうだ。
見事な活〆穴子など主な天種は、名だたる一流天ぷら店にも卸す築地の「山五」から仕入れた極上品。藍色が鮮やかな明治期の骨董の器が、その姿形を引き立てる。
石臼挽手打蕎麦 丹凛(最寄駅:半蔵門駅)
のど越しと香り両方をあわせ持つ期待の新星
『石臼挽手打蕎麦 丹凛』店主の川上さんが打つ蕎麦は、端正な姿に黒い皮が均一に散りばめられているのがよく分かる。
玄蕎麦を挽きぐるみかと思いきや、自家製粉した丸抜きの微粉に粗挽き粉と蕎麦殻を1割ほど加えているのだそう。故に奥深い風味が特長となる。老舗をはじめ数々の繁盛店で磨いた腕は確か。
定番以外にも、ゴマ油と鴨脂で炒めたトマトとナスが入る温かいつけ汁のせいろなど、キラリと光る個性派も秀逸だ。
手打ち蕎麦 美月(最寄駅:矢口渡駅)
娘、母、祖母の3世代で受け継ぐ地元に愛された祖父の味
20代の若き『手打ち蕎麦 美月』店主、美月さん。亡き祖父が40年以上にわたって街場の蕎麦屋を営んでいたことから「伝統の味を受け継ぎたい」と、母と祖母と一緒に住宅街の一角で念願の店を始めた。
祖父は機械打ちだったが「やるなら手打ちで」と名人のもとで学び、石臼挽きの挽きぐるみを二八で打つ。見た目と食感に心を配る、凛とした力強い蕎麦だ。
つゆに合わせるかえしは祖父のレシピを再現し、継ぎ足しながら甕で寝かせているもの。3世代で味を守る家族の絆も一緒に味わいたい。
利き蕎麦 存ぶん(最寄駅:都立大学駅)
香り豊かな蕎麦で感じる季節の味わいを三色せいろで堪能する
店名の『利き蕎麦 存ぶん』には、季節の味や蕎麦粉の産地、挽き方や打ち方の違いを存分に楽しんでほしいとの想いが込められている。
その名の通り、産地は北海道から九州まで時季で変え、せいろも玄蕎麦の野趣あふれる十割、丸抜きの挽きぐるみの二八、粗挽き粉の太打ち(昼限定)など様々だ。旬の食材を練り込んだ変わり蕎麦は、春は桜、夏はレモン、秋は柚子など四季折々の粋な風情を感じられる。
堪能するなら「三色せいろ」を。甲乙つけがたい三種三様の美味しさを、目と舌で味わって。
コースでいただく至福のせいろ
手打ち蕎麦 汐見(最寄駅:早稲田駅)
こだわり抜いた蕎麦と端正な日本料理にリピート必至
コース(内容は仕入れで変わる) 3500円
写真:お蕎麦(せいろ)(コースより)
『手打ち蕎麦 汐見』の蕎麦は滑らかなコシのある十割。そのふくよかな香り、色、粘り、味の良さに惚れ込んだ無農薬栽培の群馬産を主に使い、新蕎麦の時季にはスタッフ全員で収穫を手伝うこともあるんだそう。
つゆのダシに使う本枯節も、えぐみが出ないよう血合を取り除いたものを特注。薄さ加減を考えて、毎朝店内で削りたてを使う徹底ぶりだ。料理は毎日築地で仕入れる魚の焼き物や天ぷらなど目にも美しい品々。
日本料理店でも修業した店主の繊細な仕事と真摯な姿勢が、客のハートをガッチリ掴んでいる。
(コースより)
右上から下へ
サービスのすり流し(聖護院カブ)
前菜
そばがき椀(鱧と松茸添え)
左上から下へ
魚料理(鰆の柚子味噌ソース)
天ぷら盛り合わせ(天然車エビ、椎茸、秋ナス、エリンギ)
甘味(ピオーネの大福と紅葉の羊羹)
木の花(最寄駅:大井町駅)
蕎麦前と酒の後に蕎麦をつるりっ、大人気のコース
コース(8品程度と蕎麦、内容は仕入れで変わる・前日までの要予約)3500円
写真:手打ち蕎麦(コースより)
『木の花』の蕎麦粉は「将来は自分の蕎麦と料理でもてなす宿をやりたい」と語る店主がその候補地とする信州産。挽きぐるみを二八で打ち、コシは強め。甘さを抑えたつゆはキリッと辛口で、手繰ればみずみずしく爽やかな余韻が心地よい味わいだ。
料理に使う食材も信州産のハーブ鶏や地元の親戚が作る野菜が中心。和風ダシで炊いたジャガイモと豚角煮が上品な「大人の肉じゃが」など、ひと捻りしたつまみが多彩に揃う。
それら季節の味を組み合わせたコースはかなりの大盤振る舞い。人気店なので予約して出かけよう。
(コースより)
右上から下へ
前菜(峯岡豆腐、サツマイモのポテサラ、ナスの揚げ浸し)
お造り(金目鯛、ブリ、しまあじ、松皮カレイ)
海老しんじょ
サンマ塩焼
左から下へ
ふろふき大根の肉みそのせ
茶碗蒸し、
人の肉じゃが
噌汁
※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。
画像ギャラリー