キリマンジャロに登らないかい?
真っ赤な夕焼け空の下、とぼとぼと来た道を引き返す。美味しいコーヒーが飲みたくて、ここまで来たのに。おじさんは、ああ言っていたが、この町のどこかにあるかもしれない。ホテルまで戻ると、陽気なスタッフのお兄さんにスワヒリ語で「マンボ!(こんにちは)」と呼び止められ、流暢な英語で話しかけられた。
「ねえさん、明日、どこ行くの?」
「明日もポレポレ(ゆっくり)と、キリマンジャロ・コーヒー探しだよ」
「ははは。それは日本に帰ったら飲めるんじゃない?」
「いや、キリマンジャロを眺めながら飲みたかったの」
「それなら、そのキリマンジャロに登らないかい? 景色いいよ~ 楽しいよ~」
お兄さんは、まるで高尾山にでも誘うかのように、キリマンジャロを勧めてくる。標高5895mのアフリカ最高峰の山で、確か、ヘミングウェイの小説『キリマンジャロの雪』の出だしには、凍り付いたヒョウの死体があると書かれていた。探検隊クラスの本気の人しか入山できない幻の山。そんなイメージがあった。
「無理だよ。それに私、サンダルだし」
「全部、貸してくれるよ。すぐそこの山ショップを見に行かない? 写真もいっぱいあるからさ」
「へえ、アフリカの登山道具店? 一度、覗いてみたいね」
お兄さんに連れられて行った店は山道具店ではなく、キリマンジャロ登山ツアーの事務所のようであった。棚にはレンタル用の古びた登山道具がぎっしりと並び、世界各地からやってきた外国人がリュックや靴を試し履きしていた。