「GT」 横山剣か桑田佳祐ぐらい
そんな横山剣~クレイジーケンバンドの極私的3曲を紹介したい。心に残る曲が多いので選曲は難しかった。まずは2002年のアルバム『グランツーリズモ』から「GT」。車ファンなら御存知のようにグランツーリズモはGTとなる。ここには彼の冗談センスの素晴らしさがある。“三浦半島、ガールハント大成功”とか“南房総、恋の暴走、大盛況”なんて歌詞を作れるのは、ぼくが知る限りでは横山剣か桑田佳祐ぐらいと思う。横山剣も『グランツーリズモ』は、クレイジーケンバンドの作品群の中でも良く出来た1枚と語っていた。
「Tampopo」 コンテナで横浜を描き出す
2曲目は2019年のアルバム『PACIFIC』の「Tampopo」だ。このアルバムは横山剣ならではの横浜を語ったアルバムだ。貿易の地には欠かせないコンテナで横浜を描き出す。そこには都市の裏側~ダークサイドが見える。もの悲しい風景なのに単なるセンチメンタルやロマンティックに落とし込まない作詞のスキルとセンスが素晴らしい。“感謝は石に刻み、恨みは河に流す”という詞は名言だ。
「よこはま・たそがれ」 横山剣の“ヨコハマ愛”を感じさせる
3曲目は2021年の『好きなんだよ』から「よこはま・たそがれ」。山口洋子作詞、平尾昌晃作曲の五木ひろし、1971年のヒット曲だ。『好きなんだよ』は、クレイジーケンバンドにとって初のカヴァー・アルバムだ。横山剣を育んだ日本の名曲を、時には原曲に忠実なバンド・アレンジ、曲によってはクレイジーケンバンドのサウンドに寄せて聴かせる。どの曲も彼の歌唱力がある高みに達していることを教えてくれる。この「よこはま・たそがれ」や横山剣の尊敬する横浜の大先輩柳ジョージの「雨に泣いてる」辺りを選曲していることにも“ヨコハマ愛”を感じさせる。
この『好きなんだよ』もそうだが、クレイジーケンバンドのアルバムは再生音が良い。多くのJ-POPにありがちな情緒に欠ける、やたら音圧の高い作品といつも一線を画している。これは昨年秋ごろ逢った時に教えてくれたのだが、“デジタルで録音してもミックスダウンしたものは、アナログ・テープに一旦移すんです。そうしてからマスター音源を作ってるんですね”という点だ。
CDはデジタル音源なので、デジタル・マスターをそのままCD化した方が一見、良さそうに思う人も多いだろう。だが、不思議なことに一度アナログ・テープをくぐらせることによって、音に何とも言えない暖か味が生まれることは、大御所と呼ばれるエンジニアも認めている。
“自己満足かも知れないけど、アルバムを買ってくれるのはお客様。売り物は音楽。ならば少しでも気を遣った良い物をお届けしたいんです”
そう横山剣は語っていた。彼のユーモア・センスの奥には強烈なプロ根性が輝いているのだ。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。