動物写真家・小原玲さんを語る

アザラシの赤ちゃん、シマエナガ、そして遺作の「エゾモモンガ写真集」がついに刊行へ 動物写真家・小原玲さんを語る(1)

小原玲さん

「アザラシの赤ちゃん」や「シマエナガ」などカワイイ動物をカメラに収めてきた動物写真家・小原玲さん(1961~2021年)の“最後の作品”は、北海道に滞在して撮影した「エゾモモンガ」でした。その愛らしい姿を捉えたラストショ…

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「アザラシの赤ちゃん」や「シマエナガ」などカワイイ動物をカメラに収めてきた動物写真家・小原玲さん(1961~2021年)の“最後の作品”は、北海道に滞在して撮影した「エゾモモンガ」でした。その愛らしい姿を捉えたラストショットは、今夏の24時間テレビ「愛は地球を救う」で紹介されて注目を浴び、支えた家族の姿とともに大きな感動を呼びました。小原さんがガンで亡くなって、11月17日でちょうど1年。16日には遺作写真集『森のちいさな天使 エゾモモちゃん』(講談社ビーシー/講談社)が出版され、24日からは東京都内でメモリアル写真展が開かれます。写真集発売と写真展開催によせて、妻で作家・大学教授の堀田あけみさんが全4回の週1連載で夫の軌跡をたどります。第1回は「写真しか勝たん」です。

小原玲写真集『森のちいさな天使 エゾモモちゃん』(講談社ビーシー/講談社)より

写真と言葉では写真の方が強い

小原玲は生涯に三度結婚した。私が三人目だ。当たり前か。

確か、編集者さん、フォトジャーナリストさん、心理学者兼作家。という順番だったと思う。多分それは、写真週刊誌、国際報道、動物写真、という仕事の変遷と、ほぼ呼応しているのだろう。すみませんね、曖昧で。どなたに確認したものかわからないもので。数年ごとにフィールドを変えていた計算になるが、最後のは飽きずにずっと続けたので、結婚生活も続いたものと思われる。

私と夫は共著も多かった。彼がすぐにそういう仕事をとってくるからだ。私は、それがあんまり得意じゃない。喧嘩になるから。彼は、言いたいこと言って話し合って、結論を出せる素敵な夫婦と自分達を設定していたようだが、事なかれ主義の私は、諍いは少ないに越したことはないと思っていた。私は彼の持っていない語彙を使いたがるから、初稿でだいたい不機嫌になる。

「だって、玲さんが写真で妥協しないのと同じように、私は言葉で妥協できないんですよ」

多分、彼はここで言葉を何度も飲み込んでいる。

「たかが言葉じゃないか」

咄嗟の失言の多い彼も、それを私に言ったらおしまいだと知ってはいたのだろう。だが何故、私が「てにをは」一つにもとことん拘るのかは、きっと最後まで理解していなかったと思う。

でも、結局、写真と言葉では写真の方が強い。私達の本は、何冊か翻訳されたが、英語版では私の拘りは言葉の壁を超えられないと悟った。中国語版では、まあ、こう言う感じになるわなあ、知らんけど、と他人事のような感想を持った(漢字だから、なんとなく、と言うのと一応、中国語は読める)。韓国語版は読めなかった。

どの国でも、彼の撮った写真は、きっと同じくらいに、すごく可愛い。

人生を大きく変えた「天安門事件」取材

小原が報道を辞めた理由は、他人の不幸に向き合うのに疲れたから、そして、どうせ撮るなら他人から喜ばれる写真を撮りたいから。いつも、そう語られてきた。

だけど私はもう一つの可能性を考えている。言葉に負けたから、ではないのか。

小原の人生を大きく変えたのは、天安門事件の取材である。それ以外にも、取材に振り回されっぱなしの人生だったが(確か、離婚についても二回とも「取材から帰ってきたら、妻がいなかった」と説明されている。きっと、そんな雑な話じゃないんだと思うが)、天安門で小原は「L I F E」誌の「ザ・ベスト・オブ・ライフ」に選ばれた。そして、それで報道に見切りをつけた。

その写真は、「手を繋いで軍の戦車を止めようとする学生達」の写真であると紹介された。しかし、真実は彼らが止めていたのは自分達の後ろにいる学生。同志が反撃すると、彼らのスローガンである「非暴力・新聞自由」が反故になってしまうから、彼らを抑えていたのだと言う。

「写真は真実を伝えられないって、それでわかったんだ」

何度も何度も、彼は語った。

彼の中では、写真は表現の手段として、伝達の手段として無双なのである。写真が何より力を持つと思っていたし、真実に近いと思っていた。当然、写真家が一番偉いとも思っていた。口に出して言わなかったが、少なくとも、小説家や心理学者より偉いと思っていたのは確実である。私にだって、言いたいけどこれを言ったらおしまいだな、と言わずにおいたことがあって、それは、
「だったら写真家と結婚なさったらあ」

写真家である奥さんに逃げられた後、私と結婚した彼には、言うまでもない最大の禁句である。

当時、そんな言葉はなかったが、今となってはこれ以外に彼の心境を表す表現はないように思う。

「写真しか勝たん」

それなのに、命がけで撮った写真は、会社の中で待っていた誰かの言葉で、本来の意味を曲げて世に送られる。

彼が選んだ被写体は、言葉を失うようなものばかりだ。初めてタテゴトアザラシの赤ちゃんの写真を見たときには、こんなに可愛い生き物が存在するなんて信じられないと思った。水中に浮遊するマナティのフォルムは曲線の美として完璧だ。蛍の群舞は画面を埋め尽くし、映らない場所にも無数に飛ぶことを見せてくれる。

シマエナガの丸い形とつぶらな瞳。愛くるしいふこふこしたエゾモモンガが、瞬時に滑空する姿。

どんな言葉にも、負けない。

小原玲写真集『シマエナガちゃん』シリーズ(講談社ビーシー/講談社)より

一瞬を切り取って、永遠に残すこと

言葉には国境がある。字が読めない乳幼児もいる。

だけど、可愛い動物はその姿があれば、人を癒し、笑顔にしてくれる。場合によっては悶絶させる。実際、彼のユーチューブチャンネル(現在は長男が残された動画を編集して更新している)には、「可愛すぎて悶絶」「もふりたくて転げ回ってる」と言ったコメントが多数寄せられている。

可愛い動物の写真は、写真無双の彼にとって、無上のフィールドだったのだ。

そう、写真だ。

動画を配信することで、彼は多くの支持を得た。今でも、動画を上げるたび、多くの方が反応してくださる。様々な国の言葉で。中には、どんな言語かわからないものもある。長男も頑張って、英語のキャプションを工夫している。

父の言葉を思い出し、彼の遺志を曲げないように、細心の注意を払いつつ。

アザラシの赤ちゃんが氷の山からつるんと滑ったり、弾むように前進する動きは一つ一つ味わい深い。

だけど、彼が本当に賭けていたのは一瞬を切り取って、永遠に残すことだったと思っている。壁や机上に飾ったり、ポケットやバッグに忍ばせたりするための、忘れられない一瞬。

小原玲は、とことん、写真家だった。

小原玲写真集『アザラシの赤ちゃん』(講談社ビーシー/講談社)より

小原玲(おはら・れい)
1961年、東京生まれ。茨城大学人文学部卒。写真週刊誌『フライデー』専属カメラマンを経て、フリーランスの報道写真家として国内外で活動。1989年の中国・天安門事件の写真は米グラフ誌『ライフ』に掲載され、「ザ・ベスト・オブ・ライフ」に選ばれた。1990年、アザラシの赤ちゃんをカナダで撮影したことを契機に動物写真家に転身。以後、マナティ、プレーリードッグ、シマエナガ、エゾモモンガなどを撮影。テレビ・雑誌・講演会のほかYouTubeに「アザラシの赤ちゃんch」を立ち上げるなど様々な分野で活躍した。写真集に『シマエナガちゃん』『もっとシマエナガちゃん』『ひなエナガちゃん』『アザラシの赤ちゃん』(いずれも講談社ビーシー/講談社)など。2021年11月17日、死去。享年60。

堀田あけみ(ほった・あけみ)
作家、椙山女学園大学国際コミュニケーション学部教授。1964年、愛知県生まれ。名古屋大学大学院教育学研究科(後期課程)単位取得後退学。81年、高校2年の時に小説「1980アイコ十六歳」で、第18回「文藝賞」を当時最年少の17歳で受賞。同作は映画やテレビドラマ化され、大きな話題に。以降、恋愛小説を中心に数多くの作品を発表し、若い世代の共感を集めてきた。作家活動とともに、大学で心理学の研究者の道を進み、2015年から現職。主な著書に、小説では『イノセントガール』『やさしい嘘が終わるまで』など、小説以外では『発達障害だって大丈夫 自閉症の子を育てる幸せ』『発達障害の君を信じてる 自閉症児、小学生になる』など。1995年、動物写真家の小原玲さんと結婚し、2男1女の母。

写真集『森のちいさな天使 エゾモモちゃん』(講談社ビーシー/講談社、1430円)

カメラマン故小原玲 メモリアル写真展「モフモフ wa カワイイ」天国からの贈り物
期間:11月24日~30日(26日と27日は休館)
会場:セレモア紀尾井町本社セミナー会場(東京都千代田区紀尾井町3-12紀尾井町ビル6階)
時間:10時~17時
入場料:無料

メモリアル写真展
メモリアル写真展

【小原玲さんの関連グッズ】
動物写真家・小原玲さんが撮影したシマエナガやアザラシの赤ちゃんのカワイイ作品がプリントTシャツになった!(購入はコチラから)https://kodanshabc.base.ec/

シマエナガちゃんTシャツ
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