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5000年以上の歴史があるワイン造り

レバノンのワイン造りには少なくとも5000年以上の歴史があるとされる。「ワイン発祥の地はどこか」という議論については近年、黒海沿岸の現在のジョージア周辺ということで落ち着いているが、トルコとシリア、そしてレバノンがそれとほぼ同じくらい古いワイン産地であることは間違いないようだ。

現在、レバノンには50~60軒のワイナリーがあるという。栽培されているブドウ品種は、赤ワイン用ではカベルネ・ソーヴィニヨン、シラー、サンソー、カリニャンなど、欧州系品種がほとんど。白ワイン用は、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランといったポピュラーな品種に加え、セミヨンのルーツと言われるメルワー、シャルドネの祖先とかつて信じられていたオバイデという在来品種がある。

先に登場したセルジュ・ホシャール氏は、1930年にベイルート郊外で創業した「シャトー・ミュザール」の2代目だが、フランス・ボルドー大学の醸造学部で学び、彼の地の栽培・醸造技術を母国に持ち帰った。彼とそのワインはイギリスのワイン鑑定家マイケル・ブロードベント氏に見出され、84年に有力ワイン誌「デカンター」で最初のマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、表紙を飾っている。内戦の只中にも、高品質のワインを造り続けたことが高く評価されてのことだ。

ホシャール氏が表紙を飾った1984年の「デカンター」誌(映画の場面スチール)

ヨーロッパの銘醸産地と比べると、レバノンは緯度が低く(アフリカ北部と同じ)、暑さと極度の乾燥が気になるが、例えば主要産地のベッカー高原(内戦中にはシリア軍が駐留、80年代以降はヒズボラの地盤の一つ)は、東西両サイドに2500〜3000m級の山脈(冬場には雪も降る)が聳(そび)え、地下水が豊富であることに加え、この高原自体が高標高であるため(標高2000mに迫る高地にもブドウが植わっている場所がある)、比較的冷涼な気候に恵まれている。年間降水量は700〜850mmだが、そのほとんどは冬場の短い期間に降り、春から秋にかけてはほとんど雨が降らない。非常に乾燥するので、ブドウがカビ系の病気や害虫に侵されるリスクが低く、オーガニック栽培が容易に実践できるという利点がある。シャブリやロワール地方と似た石灰質土壌が広がるという頼もしい要素もあり、土地選びさえ間違えなければ極めて良質のブドウが実るのだ。

余談だが、レバノンとはアラビア語で「白くなる」という意味だそうだ。山々に雪が積もった光景が国名の由来になったのかもしれない。もう一つ、レバノンの山岳部に生えるレバノン杉は樹高40mにも達する巨木である。伐採が進み、現在ではほとんど絶滅状態だが、かつては山にたくさん生えていて、古代にはフェニキア人のガレー船の材料になった。レバノン国旗にも採用され、国のシンボルだが、同時に土地の底力を示す存在でもある。

レバノンのブドウ畑(映画の場面スチール)

レバノンではクリスマスなど特別な機会に

レバノン人にとって、ワインとはどういうものなのか? 日本に暮らすレバノン人で、ワインやオリーブオイルの輸入を生業にしているエルクーリ・スヘイルさんに訊いてみた。

「その質問に答えるのは容易ではありません。ワイン造りの長い歴史があるにもかかわらず、レバノン人の一人当たりのワイン消費は年間1リットルです(筆者注:フランス人は47リットル、日本人は3リットル強)。ワインはアッパークラスの人々の間で大半が消費されています。レバノン人の約半分がイスラム教徒であるためアルコール飲料を飲まないことも考慮に入れなくてはなりません。一般的には、日曜日に家族でランチを囲むときに、人々はアニス風味の蒸留酒であるアラックを飲みます。経済破綻が起こる前は、ナイトライフにアルコールが欠かせませんでしたが、その場で飲まれていたのはウイスキー、ジン、カクテルでした。つまり、レバノンではワインは日常的に飲むものではなく、クリスマスなど特別な機会に、レバノン料理店ではない店で飲むものなのです」

レバノン・ワインも取り扱っているスヘイルさんに、「日本の人々にレバノン・ワインのどんな点をアピールしたいか?」と訊いてみた。

「長きにわたる情勢不安にもかかわらず、レバノンのワインメーカーたちはほとんど途切れることなくワインを生産し続けています。並々ならぬ情熱と決意が必要なことです。このような状況下では、輸出こそが彼らの生命線で、例えば私が取り扱っているドメーヌ・デ・トゥレールでは生産量の約7割をイギリス、スカンジナビア、アメリカに輸出しています。日本には年間約9000リットルのレバノン・ワインが輸入されていますが、これはイスラエル・ワインの輸入量の約10分の1の数字です、両者はブドウの品種も栽培される風土も、ワインの品質も似通っているのに、これほどの差がつくのは日本における認知度の差によるものと考えざるを得ません。今日では、新しい世代のワインメーカーたちがレバノン・ワインの再定義をしようと奮闘しています。テロワールに適した在来品種を再発見する動きもあります。ドメーヌ・デ・トゥレールのワインメーカー、ファウージ・イッサ氏もその一人です。ジャンシス・ロビンソン氏(極めて影響力のあるイギリス人ワインジャーナリスト)は彼のことを“新たなセルジュ・ホシャール”と評しています。歴史、紛争、高標高でのブドウ栽培、在来品種、サステナブル/オーガニック栽培、生存への探究‥‥これらはレバノン・ワインを飲んでみる良い理由かもしれません」

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映画に登場する2ワイナリーの5アイテムをテイスティング...
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浮田泰幸
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