クリスマスのターキー、日本ではどうしてチキン?「食」の三択コラム

日本ではなぜクリスマスにチキン? 日本では、七面鳥がなかなか手に入らず高額であったことや、七面鳥を料理する大型のオーブンが家庭に普及していなかったことなどから、クリスマスに七面鳥を食べるという風習は定着しませんでした。 …

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「おとなの週末Web」では、食に関するさまざまな話題をお届けしています。「『食』の三択コラム」では、食に関する様々な疑問に視線を向け、読者の知的好奇心に応えます。今回のテーマは「クリスマス料理」です。

文:三井能力開発研究所・圓岡太治

クリスマスにチキンは日本独自

日本ではクリスマス料理と言えばチキン(鶏肉)が定番です。欧米(キリスト教圏)から伝わった風習ととらえている方も多いかもしれませんが、実はこれは日本独自のもので、欧米ではクリスマス料理はチキンではなくターキー(七面鳥)です。ただし、クリスマスに七面鳥が食べられるようになったのは、宗教的な理由ではない歴史的な経緯があります。さて、七面鳥がクリスマス料理となったきっかけとして、もっとも適切なものは次のうちどれでしょうか?

(1)イギリスからアメリカに来た入植者たちが食料不足で困っていたところ、先住民が与えてくれたのが七面鳥だった。
(2)イギリスの小説『クリスマス・キャロル』の中で、主人公がクリスマスに贈ったのが七面鳥だった。
(3)ある大企業のキャンペーンがあたり、クリスマスに七面鳥を食べる風習が広まった。

アメリカ、カナダでは感謝祭の伝統食

答えは(2)で、クリスマス料理として七面鳥が広まったのは、小説『クリスマス・キャロル』の影響が大きいと言われています。

七面鳥は、北アメリカ大陸のアメリカ合衆国、カナダ南部、メキシコに生息する鳥です。ニワトリと同じキジ科ですが、サイズはニワトリの倍以上もあり、オスは全長約120cm、体重は9kgに及びます(ニワトリは体重2~3kg)。メスの全長は約半分の60cm程度です。興奮すると首の部分の皮膚が赤・青・紫などに変化することが、「七面鳥」という和名の由来となっています。

アメリカでは毎年11月の第4木曜日、カナダでは毎年10月の第2月曜日が、「感謝祭」という祝日です。この日に食べる伝統料理は、パン、野菜、ハーブなどの詰め物をした七面鳥の丸焼きで、感謝祭の日は別名「七面鳥の日」とも呼ばれています。

感謝祭の由来として一般に信じられている話は、次のようなものです。
1620年、宗教的自由を求め、ピルグリム・ファーザーズという清教徒の一団がイギリスからアメリカに渡りました。しかしその年は本国から持ち込んだ種子では作物の収穫がうまく行かず、また冬の寒さが厳しかったため、多数の死者が出ました。

するとそれに同情した先住民のワンパノアグ族が、トウモロコシの種子、野生の七面鳥、衣類などを提供してくれました。清教徒たちはワンパノアグ族からトウモロコシの栽培方法なども教わり、翌1621年には作物の収穫に成功、危機を脱することが出来ました。

そこでその感謝の意を示すために、ワンパノアグ族を招いて収穫を祝う宴会を開きました。これが感謝祭の発端だとされています。ただし先住民の立場からは別の見方もあり、これが史実かどうかは議論の余地があります。なお、感謝祭はその後19世紀中ごろに、リンカーン大統領によって連邦国家の祝日と定められました。

七面鳥のロースト

クリスマスを一変させた『クリスマス・キャロル』

アメリカ、カナダで感謝祭の伝統食であった七面鳥が、クリスマス料理にもなったのは、イギリスの小説『クリスマス・キャロル』の影響が大きいと言われています。

『クリスマス・キャロル』は、イギリスの作家チャールズ・ディケンズ(1812~70年)により執筆されました。1843年12月19日に出版されるや大ベストセラーとなり、約180年経った現在でも読み継がれ、何度も舞台化、映画化されている名作です。

主人公は強欲で周囲から忌み嫌われている初老の経営者スクルージ。クリスマス前日の晩に、かつての共同経営者ですでに亡くなっていたマーレ―が亡霊となって現われ、その後過去・現在・未来の世界を見せる3人の精霊が現われます。彼らとの出会いによってスクルージは改心し、慈悲にあふれた人間へと生まれ変わるというストーリーです。

当時の英国は、産業革命を経て、都市環境や労働環境の劣悪化、貧富の差の拡大、疫病の流行など、さまざまな問題が噴出していました。人々の心はすさみ、クリスマスを祝う経済的な余裕も心の余裕もなかったのです。ディケンズはそのような社会状況に危惧を抱き、『クリスマス・キャロル』を執筆しました。『クリスマス・キャロル』は発売後約1週間で6000部を売り上げ、その後クリスマスが過ぎ、年が明けても本の売れ行きは止まらなかったそうです。それだけではなく、改心したスクルージの姿に感銘を受け、自らも心を改めようとする者が続出しました。ブームは米国にまで飛び火し、クリスマス期間に全社員に対して特別休暇と七面鳥をプレゼントする経営者まで現われたといいます。こうして、『クリスマス・キャロル』発売後の数年間で、英国のクリスマスの様相は一変しました。英国中にクリスマス・ツリーがあふれるようになり、人々が他者に対して温かなまなざしを向ける季節となったといいます(参考[2])。

さて、小説の中で、改心したスクルージはクリスマスの朝、彼のもとで薄給で働いていたボブ・クラチットに、人間の子供ほどもある大きな七面鳥を贈ります。『クリスマス・キャロル』出版当時のヨーロッパでは、七面鳥は入手の困難さもあり、高価で、クリスマスに食べる習慣はありませんでした。クリスマス・ディナーとして食卓にのぼっていたのは、安めのガチョウだったと言います。しかし、七面鳥を食べる習慣のあった米国では、『クリスマス・キャロル』が大ヒットし、感謝祭だけでなくクリスマスにもディナーの主役を務めるようになりました。こうして米国でクリスマスに七面鳥を食べる風習が定着し、それが次第にほかの国々にも広まって行ったのです。

七面鳥は欧州でも高価だった

日本ではなぜクリスマスにチキン?

日本では、七面鳥がなかなか手に入らず高額であったことや、七面鳥を料理する大型のオーブンが家庭に普及していなかったことなどから、クリスマスに七面鳥を食べるという風習は定着しませんでした。

そのような中、1970年にアメリカのケンタッキー・フライド・チキンが日本に上陸しました。当初はフライドチキンという食べ物が日本に馴染んでおらず、名古屋にオープンした一号店は半年で閉店となるなど、苦戦を強いられていました。ある日、「七面鳥を購入したい」という客が東京都内の店舗に訪れ、要望に応えられなかったために、ケンタッキーのチキンを提供したところ大変喜んだのだといいます。

これがきっかけとなり、『クリスマスにはケンタッキー』を広くアピールしようと、1974年12月に初めてクリスマスキャンペーンを実施したところ、大ヒットとなりました。そして、クリスマスにチキンを食べる習慣が日本で根付いていったそうです。(参考 [3])

日本ではクリスマスにチキンを食べるようになっていった

(参考)
[1] 11月最大のアメリカのイベント「感謝祭」って!?(JUNGLE CITY.COM)
https://www.junglecity.com/live/life-basic/thanksgiving-overview/
[2] ディケンズの「クリスマス・キャロル」がかけた魔法(英国ニュースダイジェスト)
http://www.news-digest.co.uk/news/features/14375-charles-dickens-christmas-carol.html
[3] 日本ケンタッキー・フライド・チキン、クリスマスキャンペーン予約開始を宣言(日本食糧新聞)
https://news.nissyoku.co.jp/news/umetsu20131024094626970

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