その8 さわっちゃ駄目よ!
第2ホール パー4 この精神がわからんのか 1
メモ魔の質屋が書き残したある男のこと
あとになって、書いた本人が思ってみなかった価値を生むメモがある。たとえば1957年に地中海の藻屑と消えた客船「スロポト号」の場合、乗客のデンマーク人記者、ハンス・カルサルードの克明な日誌が海底から引き揚げられて、沈没の原因がスクリューに至る主軸の亀裂と断定された。
「深夜、二度にわたってベアリングの球が欠けたような音を聞く」
調査委員会の報告によると、こう2行に書かれメモで証拠は完璧だそうだ。
他の分野でも、何気なく残された走り書きが内閣の屋台骨まで揺さぶることがある。たとえば愛人、秘書、運転手、料亭の女主人など。なかでも会計係のメモには計り知れない付加価値があるらしい。
さて、1870年代からエディンバラ市中で質屋を営むステファン・ブローニングも、世に言う「メモ魔」の1人だった。洋の東西を問わず、質屋に駆け込む人は危機的状況にあるため、病人の布団まで剝ぐなど常識の範疇とされた。
バルザックの小説にも、ついに自分の金歯まで抜いて質屋に走るおもしろ哀しい男が登場する。さらには怪しい気配の人物が現われ、盗品とおぼしき物も置かれる。必然、日々の混沌は尋常ならず、その都度メモに残す以外、対応できなかったというのが真相だろう。
かくしてブローニング氏のメモ帳は厚みを増すばかり、1939年に亡くなったときには、質草でごった返す蔵の片隅に、なんと3メートルに及ぶノートが堆く積まれていたそうだ。
いざ処分する段になって、かねてから内容の資料性に興味を抱いていた甥のパトリック・ウォードが家族の承諾を得て蔵に入ると、足掛け半年、ごった煮のメモと格闘した。のちに「エディンバラ・タイムズ」の編集長に迎えられた男だけに、この着眼はさすがの一語、ブローニング氏は当時の市民生活を知るに最高の「裏面史」を残したのである。
たとえば、表向きの派手なふる舞いとは裏腹に、深夜こっそり先祖伝来の品々など質入れする上流階級の実態が判明したかと思うと、旅の途中で現金に窮したオランダの王侯が、女に変装して彼の店にやってきた事実も明らかにされた。
また、周囲が呆れるほどのゴルフ狂として知られた氏だけに、その日のゲーム内容、天候、勝敗の行方から同伴競技者の人物評までが、ほとんどオタク的ミクロ観察によって延々と綴られた。そうしたメモの中から、甥のパトリックが意外な事実を発見する。
「(1902年)6月12日。ハイランドから赴任してきた高級官吏、H・ポッターのゴルフ、さもしいの一語に尽きる。ああ、なんとも不愉快な1日」
日付から逆算して、H・ポッターなる人物が、いまをときめく税務署長の若き姿に間違いない。
「人の目を盗んで、彼は素早くボールのライを変える。目撃すること3回、なんともおぞましい」
「9月19日。ベイラーバーの記念コンペに出場したところ、H・ポッターと組むことになった。案の定、誰かが打って全員の視線がショットの行方に集中した瞬間、チョロッとライを変えたではないか。私は言ってやることにした」