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エリート官僚はライ改善の常習犯!

ゴルフは審判不在のゲーム、ゆえにゴルフほど欺瞞行為が激しく軽蔑される競技もない。とくにライの改善とスコアの過少申告は「死罪に価する」とジェームズⅡ世が広言したこともあって、どう弁明しようとも許されない重罪だった。

「ポッターさん。あなたはボールのライを変えましたね」

ブローニング氏は、臆することなく彼に詰め寄る。

「以前ご一緒したときも、クラブの先端を巧みに操って、少なくとも3回はライの改善をやりました。私はこの目で見たのです」

当時、イングランドはスコットランドに対して大胆な税制改革を断行したばかり。不測の事態に備えて、ロンドンから大勢の役人がスコットランド各地に派遣された時代であり、ポッターもその一人だった。つまり、巷の質屋の主人がエリート官僚に嚙みついたことになる。

「貴様、何を言うか!」

イカサマを指摘されて、彼は激怒した。

「質屋ごときが生意気言うな。どこに証拠がある!? ただでは許さんぞ」

「では申し上げます。まず第一に、あなたは質屋ごときと言った。ゴルフというゲームに肩書きは不用、クラブハウスに入る前に、地位と身分は外に置いてくるもの、あなたと私は対等な一ゴルファーの関係にすぎないのだ。あなたは肩書きがゴルフに役立つとでも思っているらしいが、まずは威張る態度こそゴルフが誇る『平等の精神』に大きく離反するもの、コース内に地位と身分は持ち込まないでいただきたい」

凛とした発言に、彼はひるんだ気配だった。

「次に、あなたは証拠を出せとおっしやるが、これこそ恥の上塗り、語るに落ちましたね。ゴルフでは『疑わしき行為』の一片すらあってはならないのが常識、怪しまれた瞬間から信用がなくなると、ご存知ないのか」

語気は、次第に鋭さを増していった。

「拝察するに、あなたもまたゲームの精神に知らん顔、学ぶつもりもないらしい。このスコットランドでは、ゲームの娯楽性だけ掠めてパーだのボギーだの騒ぐ人間が最も軽蔑される。ゴルフでは、いくつでホールアウトしたかを語る前に、いかにプレーしたか、その立ち居ふる舞いこそが取り沙汰されると承知されたい」

彼は地面にボールを置くと、ポッターの真似をしてみせた。

「よく見なさい!」

顔をそむけようとする官僚に、𠮟責が飛んだ。

「あなたは、こうしているのだ。クラブの先端で浮いたライにボールを押し上げ、有利にゲームを進めようと考えている。さもしいと思いませんか? この姿、よく見なさい、みっともないでしょ?」

メモから炙りだされた事件は、甥の筆によってコラムに紹介された。くだんの男は「H・P」のイニシャルに化けていたが、そこは狭い土地柄、いまでは税務署長に昇進したポッターが当事者だと、子供でもわかる話だった。

「そう言えば、あの男は自分の部下以外の者とプレーしないね」

町民の冷やかな目に居たたまれず、ライ改善の常習犯は間もなくロンドンに引き上げていった。

 翻って私たちの周囲を見回してみると、いるいる、自分のボールに近づくなり、たちまち手を伸ばして「6インチ・リプレース」の権利行使に熱中するいやらしい連中が、山ほどいる。

「ローカル・ルールに従って、何が悪いんだ!?」

彼らの論拠は、ローカルと銘打った一コース主体の「いなかルール」にすぎない。ゴルフでは発祥当初から「あるがまま」「自分に有利にふる舞わない」の二大原則が守られてきたというのに、その精神もご存知ないとは情ない限り。

たとえローカル・ルールがあろうとも、絶対ボールに触れない人がいる。その人物こそが生涯の友人だ。

(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)

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夏坂健

1934年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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おとなの週末Web編集部 今井
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