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ゴルフ・エッセイストの夏坂健さんは、ゴルフの達人であるだけではなく食通としても知られ、1983年に、古今東西の偉人たちの食に関するエピソードを集めた『美食・大食家びっくり事典』を著している。この本のカバー折り返しには、美食家で料理人としても知られた俳優・故金子信雄さんが、フランス王妃マリー・アントワネットの有名な言葉「パンがなければお菓子をお食べ」を引いて、「パンが不味ければこの本をお読み」と書いている。ローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧強記の水先案何人の手引きで、先人たちの食への情熱ぶりを綴った面白エピソード集をご堪能ください。第7回は、アジアの雄、中国の大食漢たちの凄まじい食べっぷりについて。

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第1章 絶命するまで啖(くら)いつづけた男たち

肥満が何だ、栄養がどうした。

美味なるものを死ぬほど食べる。

これが生きることの悦楽の極致。

古今東西の食の殉教者たちの

垂涎のものがたり。

(7)大食の東の雄、中国

なんでもかんでも胃袋に納めてしまう中国人の偉大な食欲。

人の数も多いけど実にいろんな民族が集まって美食も百家争鳴。

♣人が何を食べているかより、誰と食べているかを見よ――エピクロス――

浙江省杭州の鄭徳明という男は、朝夕二度の食事に、大人ひとかかえほどの壺に漬けた鮓(すし)を二壺ずつ、日に四壺たいらげたという。

すしのルーツは紀元前3、4世紀ごろ、中国の後漢時代に湖北省から発したものらしく、小魚に塩をふって米飯と一緒に壺や樽に漬けこむと、米の澱粉が分解して乳酸が生まれ、魚の腐敗をおさえて保存がきくと古代人の知恵者の一人が考えた。これはわが国でも和歌山県や滋賀県などに〔なれずし〕として伝えられている。

そのうちに魚を越えて牛肉、豚、羊からヘビ、バッタ、蛾、トンボ、猿の脳味噌まで、なんでも手当たり次第すしに漬けるようになった。しかもそれを何年も保存して自慢げに客に供する風習があるからたまらない。

日本から四川省の山奥へ学術調査に出向いた京都大学の先生で、これを出されて気絶した方がいるらしい。それほど耐えがたい悪臭でも、あちらの人には食欲を刺激する芳香になるのだから、つまりはタクワンと同じ理屈である。

こうしたすしは壺にぎゅうぎゅう押し込むから、取り出したときは餅のようになっているのが普通だ。『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』という五代のころの料理書によると、普通壺の中には3升の米飯を入れたとあるから、さきの鄭徳明が1食にたいらげた米の量は6升になる。それが朝夕なら1斗2升の米飯を1日で食べていたことになる。

むかし〈1升めしのバカ啖い〉といって、1升食べたら物笑いになったものだが、鄭徳明はその12倍だ。話半分にしても日に6升はすさまじい。

もっとすごい話もある。大都(北京)の奥に住んでいた張の17歳と15歳の息子2人は、父にいいつけられて都の料理屋まで20頭の羊を届けに行った。途中ひどい吹雪に遭遇して2人は行方不明になり、あきらめかけていた1ヵ月後にひょっこり帰ってきた。

「それで羊はどうした?」

たずねられて2人の息子は、

「骨だけ残して全部食べました。おかげで生きて帰れたんです」

と答えた。少年2人で1ヵ月間、羊20頭を生でたいらげていたわけである。

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おとなの週末Web編集部 今井
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