第2章 美食に命を賭けたこの人たちの食卓
一食たりとも手を抜かない美食の殉教者たちの世にもおかしい食い倒れ、飲み倒れのエピソード。
人はどこまで食べられるか。
(11)肉の分際でサーの称号を受けたのは腰肉の上ものだけ
名を残すといえば、ステーキでおなじみの《シャトーブリアン》もフランスのロマン派の作家で、『アタラ』や『ルネ』といった甘美小説を書いていた人だ。しかし作品のほうは後世に残るほどの力が不足していた。作家シャトーブリアンは、一日に二度は〔シャトーブリアン〕を食べていたそうだ。彼の家の料理人モンミレイユが肉についての権威だったおかげだろう。
ついでに〔サーロイン〕の語源をご紹介しておくと、イギリスのジェイムズ1世がある宴席で、これまで食べたこともないほどの上等肉を口にした。
「これはうまい! 何という肉だ?」
「牛の腰でございます、陛下」
「見事な肉だ、褒賞をとらせよう」
王がサッと剣を抜いたので、その家の主は自分が爵位でもいただけるのかと早合点して、その場に片ひざついてこうべをたれた。すると王は、食卓の上の腰肉の上にペタッと剣を置いて、
「汝に“卿”を与える」
とおおせられた。肉の分際でサー(卿)をもらったのはロイン(牛の腰肉)だけである。
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1934年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。