熱湯、そして井上靖ゆかりの湯へ
熱湯の湯船に、そろ~りそろりと足をくぐらせた風ちゃんは
「これは……大変」
「大変、お熱うううううううううございますなぁ」
やや遅れて熱湯に足からゆっくり入った俺も、確かにものすごく熱く感じられた。
「静かに入らないと、湯、湯を揺らしたら熱いって」
「親方わかっていますが、あちちちっ」
「あっ、動くなよ!」
「へいへい、へいへいほ~でやんす」
「くぅ~、わかっていたけど、マジ熱いぞ! 今、何度よ」
「あっ、48度でござりまする」
「きゅ~、もうダメかも」。萎れたナッパみたいになった俺は言った。
「親方、あっちに水風呂がありんしたね」
「あったあった」
「あっしゃあ、先に出やんす」
「まあゆっくりしていきなさいよ」
俺は風ちゃんの腕を軽く掴んだりしてみた。要は軽い嫌がらせだな。
「何をするんですか! 親方こそ、ここで男を見せてくださいませ」
「水風呂はひとりサイズなんじゃなかったか。俺が先にはいるよ」
「いや、あっしが」。風ちゃんは、俺の腕を振り払って猛然と水風呂へダッシュした。
「ジュワッ」と音がしたかどうかはわからないが、茹でダコならぬ、茹でアンコウになったみたいな風ちゃんが遅れてきた俺を見つめて水の中で言った。
「親方、あれはなかなかなものでやんすよ! ぷは~」
「ざぶーん」。無理矢理俺も水風呂に体をねじ入れたので、勢いよく水が浴槽から流れ出た。
「でも風ちゃん、冬の海に出た漁師さんたちは、陸に帰ってきた時、あのくらいの熱さじゃないと湯に入った心持ちになれないって聞いたことあるよ」
「さいでございますか。きっと体がものすごく冷たくなっているんでしょうね。漁師さんとは誠に過酷なお仕事でありんすな」
「いや全く頭が下がるよ。ところで体も十分冷えたからさぁ、最後に井上靖ゆかりの湯に入ろうよ」
「へい、ようガス」
またまた、どぷ~んと、水風呂の隣にある湯に風ちゃんが入った。
「どうよどうよ」
「へい、適温でありますな」
「親方、拙! 適温大好きになりそうでやんす」
「ヘ~そうかい。俺も、どぷ~んと入ってみるかね」
俺はまたしても彼の後を追うように井上靖ゆかりの湯に浸かった。
やや濁りのある大湯二号泉の湯は誰でも入れる温度にうまく保たれていて、ここなら慣れない俺たちでも長湯できそうな感じがする。
だが俺は、心の中でむくむくとあの新湯の忘れられない感覚が蘇ってきたのであった。
「でもさ、風ちゃん俺はやっぱり、もう一度新湯に入ってくるよ」
「あっ、時間あるなら拙は大湯に入るざんす」
「時間があるってなに? 風ちゃん、下風呂温泉で湯治して身も心も癒してしまおうってプランじゃないの? ゆっくり浸かっていけば」
「あ~っ、拙もそう考えたんでやんすが、とりあえずこんなに海峡の湯を堪能してしまったので、やっぱり親方と大間まで行って、帰りに湯治プランを実行しようかと」
「なんだよ、大間に行くの? 俺がマグロの自主練するてぇのに?」
「だって、親方。あっしがいないと寂しいでしょ」
「あっ、なんか気を遣われている感じ。俺そんなことないから」
「そんなこと言わずに、ほら、旅は道連れ世は情けっていうじゃありませんか」
「……」
「まっ、いいか」
「そうでやんしょ」
こうして男たちの旅は急に大間まで続くことになったのである。
「それなら、ここでもうひと息、ふた息入れてから大間に行こうよ」
「へい、ガッテンだ! しばしこの贅沢な3種の温泉を堪能しましょうよ」
「笑」
ちなみに、『海峡の湯』の2階には井上靖が長谷旅館に宿泊した客室が再現されている他、充実した各種展示エリアがあり見どころ満載だ。また1階の食事処では地元で採れた季節の魚料理がいただけるなど盛り沢山な施設となっている(アンコウの季節にはあんこう鍋もあるよ)。
下風呂温泉まではかなり遠いが、近くにお越しの際は確実に寄っておきたい温泉であるのは間違いないのである。
温泉好きは絶対に入りに行くべし !!!
■『海峡の湯』
[住所]青森県下北郡風間浦村大字下風呂字下風呂71-1
[電話番号]0175-33-2116
[営業時間]4月~10月 7時~20時半、11月~3月 8時~20時半(最終受付20時)
[休み]毎月第2・4火曜日、1月1日※年末年始・GW・お盆等の長期連休日は要確認
[料金]普通券450円(村民でない中学生を除く、15歳以上)、小学券50円(小学生)、中学券100円(中学生)、小学校就学前の乳幼児の入浴料は無料
[駐車場]16台(満車の場合は海沿いに駐車場あり)
[交通]下北交通バス佐井線「下風呂温泉」バス停(下風呂温泉海峡の湯前)で降車
[URL]https://www.yukaimura.com/kaikyonoyu.html
取材・撮影/鵜澤昭彦