酒の造り手だって、そりゃ酒を飲む。誰よりもその酒のことを知り、我が子のように愛する醸造のプロ「杜氏」は、一体どのように呑んでいるのか?今回は、秋から春まで蔵人達と蔵に泊まり込み、旧来のスタイルで酒を醸す名物杜氏の晩酌にお邪魔して来ました。
茨城県『月の井酒造店』
【石川達也氏】
1964年広島県生まれ。埼玉県の神亀酒造を経て、広島県の竹鶴酒造へ。1996〜2019年度同酒造の杜氏を務める。2020年度に月の井酒造店の杜氏に。広島杜氏組合長。杜氏初の文化庁長官表彰を受賞。
飲み方は自由。遊びがあっていい
「日本酒は燗が基本。夕食ではうちの純米か本醸造をみんなで酌む」と、杜氏は言った。「月の井」を醸す蔵、月の井酒造店の杜氏・石川達也さんだ。造りが始まる10月後半から石川さんほか4名の蔵人が翌4月まで蔵で寝食を共にする。朝晩は蔵元の坂本直彦さんも加わり、総勢6名でにぎやかな食事となる。
朝は坂本さんの母である社長お手製のアクアパッツァやビーフシチューといった朝ご飯らしからぬ料理が登場することも。夕食は“賄いのおばちゃん”による大皿料理で、基本的に白飯など炭水化物はない。米は日本酒で摂るからいいのだと口を揃える。
その晩、食卓には地魚を使った唐揚げや煮付け、ピーマンの肉詰めなどが並んだ。シジミの酒蒸しやいただき物の生ハムなどの酒肴も脇を固める。口火を切った酒は、「月の井 純米」をデキャンタと電気ポットで湯煎した燗酒。そこには、なんと肉の塊が入っている。
「雉のササミをこんがり焼いて入れた雉酒。上品なダシが出て、これがなんとも味わい深い。最近のマイブームです。純米酒好きの中にはひれ酒や骨酒、樽の香りを敬遠したりする“純粋主義”にこだわる方もいるみたいですが、私は幅のある楽しみ方があっていいと思っているんです。飲み方は自由で、遊びがあっていい」と石川さんは話し、ぐい呑みを空ける。
石川さんの得意とする酒造りは、人工の乳酸添加に頼らない伝統的な酵母無添加生酛造り。蒸米を木箱に小分けにして麹菌の繁殖を促す箱麹法はもちろん、さらに小さな木箱を使い手間と技術を要する蓋麹法も大切にする。米が最良の状態で水に溶けるように心血を注ぎ、米、水、人のありのままが表現されることを重視するという。
「よく酒の個性と言いますが、狙った味や香りは個性ではなく、所詮は演出に過ぎません。微生物が働く環境を整えて、なるべくして到達したものが個性。杜氏は自然に従うのみで我欲も邪魔です。自分をいかに殺すか。それが大切だと思っています」そして酒は、親交の深い世界的醸造家の希少なワインに。厳しい作業と幸せな夜は、春まで続く。
『月の井酒造店』 @茨城県
1865年創業。ベーシックな「月の井」に加え、茨城県内産有機栽培米を使用した「和の月」、大洗産米を使用した「彦市」と3つの銘柄を手がけている。2020年に石川達也杜氏を招聘し、酒造りを刷新。生酛造りや蓋麹などの伝統的製法を採り入れ、大洗に授かる、月の井ならではの酒を醸している。
【月の井 純米】
撮影/松村隆史、取材/渡辺高
※2023年2月号発売時点の情報です。
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