酒の造り手だって、そりゃ酒を飲む。誰よりもその酒のことを知り、我が子のように愛する醸造のプロ「杜氏」は、一体どのように呑んでいるのか?栃木県最古の酒蔵の杜氏は伝統にこだわることなく、スーパーで購入した惣菜とも自身で醸した酒を楽しむ。肴を選ばないバランスのよさが目指す味わいだ。
栃木県『第一酒造(株)』
【齋藤守弘氏】
1980年栃木県生まれ。宇都宮大学農学部卒業後、2006年に第一酒造に入社。2012年下野杜氏に認定。瓶内二次発酵のスパークリング日本酒の責任者を経て、2022年杜氏に就任。高校時代からチェロ演奏を愛好する。
365日、どんな献立でも必ず呑む
「たいていは常温で。いろんな酒を少しずつ酌む」と杜氏は言った。「開華」を醸す第一酒造の杜氏・齋藤守弘さんだ。
栃木県佐野市で米作り農家から発展してきた同社は、今年創業350周年を迎える県内最古の蔵元。現在も自社水田で田植えから収穫までを社員で行なっている。
昨年杜氏に就任した齋藤さんは自分の酒をひと口味わい、「ブレずに安心しています」と屈託のない笑顔を見せる。
造りに入ると、蔵人と交代で週2〜3日泊まり込み、麹を管理する。休憩スペースの一角、2階の寝床へと続く階段下の小上がりが齋藤さんの晩酌の舞台だ。
「給食センターのお弁当やスーパーの惣菜をつまみに、テレビを観ながら飲ります。酒はいろいろ並べて、それぞれ少しずつ。開栓後の変化も気になるもので」
齋藤さんが酒で重視するのはバランスのよさ。香りだけ旨みだけが際立つのではなく、確かな持ち味がありつつも、まあるい印象の飲み飽きしない食中酒が理想だ。
その晩、小さなちゃぶ台には小肌や根菜の煮しめなどが並んだ。
「栃木は海なし県だけど、みんな海の魚が大好き。磯の香りが強い貝類とか、青魚、肝を使った料理と開華の相性はいいと思います。家でも、かみさんが作るどんな献立でも開華を毎晩必ず飲んでいますね。ハンバーグだろうがカレーライスだろうが。生もと特別純米はほのかな苦味や渋味もあり、いろんな料理と合うんですよ。どんな料理にでも合わせたいからバランスのいい酒が好きなのかも(笑)」
他の蔵人が居残って酒を酌み交わすこともしばしば。この日は営業課長の相良隆行さんが、佐野市民のソウルフードであるいもフライを手土産に加わった。
相良さんは銘酒居酒屋の代表格として知られた東京・下高井戸「おふろ」で長年サービスを担当していた。庭の青柚子とトニックウォーターで手際よく日本酒サワーを作った。
「ソースのような甘辛の味には、アルコール度数を下げて飲むといいですよ。ロックもいい。開華は多少薄めても米の味がちゃんと残るから、どう合うでしょ?」と相良さん。
グビリとやった齋藤さんの顔が、また一層ほころんだ。
『第一酒造(株)』 @栃木県
1673年創業。自社栽培の酒米・ひとごこちなどを使い、古生層から流れ出す清冽な水で「開華」を醸す。1998年からは全商品を特定名称酒に限定。香りは穏やかで、米の旨みをしっかりと感じられる酒造りを心がけている。
【開華 特別純米酒 生もと】
【開華 純米吟醸 夢ささら】
撮影/松村隆史、取材/渡辺高
※2023年12月号発売時点の情報です。
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