沖縄銭湯独特の造りはカランにも工夫あり
驚くことに、脱衣所と浴室の間に、仕切り壁もガラス戸も「ない」のである。こうした造りは沖縄銭湯独特のもので、またカランの位置が目の高さでシャワーのように使えたり、浴槽が丸く中央で独立していたりと、当地ならではの歴史の洗練が表れている。
工夫されているのがカランで、湯と水を別々の蛇口でひねるのだが、ホースをY字型につなげてあり、先を曲げればシャワーのようにも使えるのである。なんて画期的なんだろう。
こんな素敵な沖縄様式が、もう中乃湯1軒のみしか残らないとは非常に残念なことだ。大切に記憶しておきたいと浴槽に沈み、ぎゅっと目をつぶった。
「お姉さん、どちらから?」
お向かいから届く柔らかな声。あわてて目を開けると、先ほど「あつい、あつい」と湯を拭っていたおばあだった。「東京からなんです、沖縄銭湯にどうしても来たくて」と答えると、おばあはにっこり。
そして語ってくれたのだーー。
かつて沖縄には、村にひとつずつほど必ず銭湯があった。自分も娘が小さいうちは、銭湯に連れてきては「広いお湯がある!」と驚かせていた。当時の銭湯は住宅事情もあって利用者も多かったが、各家庭に風呂場がつく時代になると、ひとつ減りふたつ減り、そして残ったのはたったひとつ、中乃湯だけなのだという。
「でも普段はシャワーさ。こっちの人は、風呂入らないさ」
おばあは笑う。
浴槽に湯を張るのはお金がかかって贅沢だし、もともと四季を通して温暖なので、シャワーで汗を流せば充分、ということらしい。
こんなに素敵なお湯があるのに、とお湯をすくって見つめてしまった。
店主の息子さんによると、地下350メートルから汲み上げられた地下水を利用した、肌あたりも柔らかなお湯。
銭湯としても工夫を重ねるさまが実り、Facebookでは「中乃湯(沖縄唯一の銭湯)応援団」という全国600人強のコミュニティが見守るなか、沖縄のゆんたくを守り続けるシゲさんの笑顔も、長らく続きますように。
名残惜しさを感じながら湯を上がり、服を身に付けてのれんをくぐり出る。見上げれば、まだ夜というには浅い空だ。
ああ、むしょうに、ビールが飲みたい。
■『中乃湯』
[住所]沖縄県沖縄市安慶田1-5-2
[電話番号]なし
[営業時間]14時~18時(昼の部)、18時~21時(夜の部)
[休日]木・日
[料金]370円
[交通]「那覇空港国内線ターミナル」から琉球バス具志川空港線「安慶田」まで58分、「安慶田」から徒歩2分
取材/森田幸江
旅と銭湯をこよなく愛する、温泉ソムリエ&熱波師のライター。講談社の雑誌編集者、アメリカ大使館ライターを経て現職。趣味のプロ野球遠征からひと足伸ばし、ローカルな温浴施設の湯と人情、お風呂上がりの「ちょっと一杯」を求めて今日もどこかを股旅します。